EBPTワークシート
第10回 「脳性麻痺児の下肢筋力低下に対する電気刺激療法の効果」

信濃医療福祉センター 理学療法科
松清 あゆみ

基本情報

患者氏名
当院の規定により掲載不可
年齢
15歳
性別
女性
診断名
脳性麻痺 痙性両麻痺
現病歴
生下時体重1248g。在胎34w。双胎1子。保育器2ヶ月。
6か月検診にて発達の遅れを指摘され受診となり、脳性麻痺と診断を受ける。
先天性臼蓋形成不全症を呈しており、11歳・12歳時に股関節内転筋解離術、ハムストリングス筋膜切離、アキレス腱延長術を受けている。

理学療法評価概略

粗大運動能力分類システム(Gross Motor Function Classification System:GMFCS)でレベルⅢであり、日常的に両側クラッチ歩行が可能。上肢支持なしでの静止立位保持は数秒保持可能だが、外乱に対する姿勢制御は困難。股・膝関節伸展両側とも-5°の制限があり、足関節は背屈10°まで可動。痙性両麻痺ではあるが、両下肢ともに他動的関節可動域に著しい制限はない。Activeでの肩関節屈曲は160°と上肢挙上運動は若干制限みられる。他動的に足底全接地させ立位姿勢をとることもできるが、膝・股関節伸展筋力不足のため、上肢支持なしでは数秒で倒れてしまう。特に側方への傾きに対する姿勢制御が困難である。
現在年齢的にも成長期で、体重増加の影響により生じた相対的下肢伸展筋力不足から、立位・歩行時の姿勢コントロール力の低下が進行してきている。

ステップ1. PICO の定式化→ クリニカルクエッション

Patient(患者)
脳性麻痺
Intervention(介入)
電気刺激療法
Comparison(比較)
電気刺激方法の違い
アウトカム
運動機能向上が図れるか

ステップ2. 検索文献

検索式 PubMedで検索。キーワードは “cerebral palsy, motor function, electrical stimulation ” とした。
論文タイトル Electrical stimulation in cerebral palsy: a review of effects on strength and motor function
著 者 Claire Kerr, Brona McDowell, Suzanne McDonough
雑誌名 Developmental Medicine & Child Neurology.2004;46:205-213
目 的 脳性麻痺の領域において、電気刺激療法は受動的で非侵襲的かつ自宅で実施できる治療であるという点において、現実的な治療手段として進歩を続けている。ここでは、主に体力・運動機能向上に役立つ電気刺激療法の側面に焦点を当てている。
この総説は、脳性麻痺児の筋力強化や運動機能改善のための電気刺激療法の効果に関する先行研究の結果と質を調査することを目的としている。
研究デザイン A structured review
この総説の著者はMELINE、CINAHL、AMED、PEDroのデータベースを利用して、“電気刺激”、“脳性麻痺”という語をキーワードとして調査を実施した。
短報、総説記事、論評や要約は除いた。また電気刺激が主たる介入ではないもの、参加者が脳性麻痺と診断を受けていないもの、筋力や筋パフォーマンスの改善が主たる介入によりもたらされた結果でないものも除外した。
結果として、該当したものが18本あり、6本はRCT、4本は非コントロールの同一集団研究、8本はケーススタディだった。これらのうち12本は神経筋電気刺激(NeuroMuscular Electrical Stimulation: NMES)介入に関するもので、6本はThreshold Electrical Stimulation(TES)による介入についてのものだった。TESは筋収縮閾値に満たない刺激強度を用いたものであり、NMESよりも刺激強度が低く、自宅で睡眠中に実施可能な低出力の電気刺激療法である。TESの有効性に関しては、Papeらが最初に報告し、筋収縮閾値以下の持続的電気刺激が刺激ホルモン分泌亢進を促し、血流量増加を生じ、筋容積の増大に結びつくと提唱している。
この総説においては、論文の質を判断するために、The American Academy for Cerebral Palsy and Developmental Medicine (AACPDM)が作成した以下のⅠ~Ⅴに分類された厳密なエビデンスの段階付けシステムを採用している。
Ⅰ - Randomized controlled trial.
Ⅱ - Non-randomized controlled ・Prospective cohort study・concurrent control group.
Ⅲ - Case-control study・Cohort study with historical control group.
Ⅳ - Before and after case series without control group.
Ⅴ - Descriptive case series/case reports. Anecdotes. Expert opinion. Theories based on physiology,
    bench, or animal research. Common sense/first principles.
対 象 脳性麻痺児
介 入 神経筋電気刺激(NMES)、Threshold Electrical Stimulation(TES)
主要評価項目 関節可動域評価、筋力評価、歩行分析、粗大運動能力尺度(Gross Motor Function Measure: GMFM)等の運動機能評価など
結 果 論文の質の判定に関して、AACPDMの基準を採用した。エビデンスレベルⅠは6本(内訳:NMESが3本、TESが3本)。Ⅱは0本。Ⅲは1本(NMES)。Ⅳは3本(内訳:NMESが2本、TESが1本)、レベルⅤが8つ(内訳:NMESが6本、TESが2本)であった。
結 論 NMES の方がTESよりもその使用を支持するエビデンスが多くあるようにみえる。しかし、高いエビデンスレベルに該当した文献でも慎重な解釈が必要である。全般的にこれらの物理療法に対する根拠を十分に示すための統計学的検討が不十分である。
電気刺激療法の適用を明確に推奨するためには、より質の高い研究デザインやフォローアップ、サンプル数の増加、均質的な患者群を用いた研究などがさらに必要である。また、障害や年齢による違いなど、対象者の特徴によって適応すべき電気刺激療法の選択基準などは確立されていないのが現状である。
※上記の総説で扱われたエビデンスレベルがⅠの論文のうち、Hazlewoodらによる研究内容が臨床適用に値すると判断し、次のステップ3以降は、以下のHazlewoodらの文献を取り上げて検討を行った結果を示すことにした。

Hazlewood ME et al.: The use of therapeutec electrical stimulation in the treatment of hemiplegic cerebral palsy. Developmental Medicine & Child Neurology.1994; 36(8): 661–673.

ステップ3. 検索文献の批判的吟味(治療適用の際に参考にした文献に関して)

  • 割り付け時の対象者の85%以上が介入効果の判定対象となっている

ステップ4. 臨床適用の可能性

  • エビデンスの臨床像は自分の患者に近い
  • 臨床適用が困難と思われるような禁忌条件・合併症等のリスクファクターはない
  • 倫理的問題はない
  • 自分の臨床能力として実施可能である
  • 自分の施設における理学療法機器を用いて実施できる
  • カンファレンス等における介入計画の提案に対してリハチームの同意が得られた
  • エビデンスに基づいた理学療法士としての臨床判断に対して患者の同意が得られた
  • その他
具体的な介入方針
Hazlewood らによる研究で紹介されているのは、前脛骨筋・長趾伸筋を対象とし、周波数30Hz、パルス幅は100μs、オン:オフ時間は7秒(2秒で漸増):15秒、60分/日という電気刺激パラメータであった。
今回は前脛骨筋を対象とした。電気刺激をPTの通常プログラムに付加して行い、立位保持時間とROMと筋力によって治療効果を評価した。また、身体計測だけでなく、粗大運動機能をGMFMで評価する事を追加した。
注意事項
このケースの場合、発作を誘発する危険性はないが、基本的方針として、電気刺激に対し拒否反応を示す場合は直ちに治療を中止することとし、転倒などにより下肢に外的損傷が生じた場合は電気刺激を中止することとした。

ステップ5. 適用結果の分析

前脛骨筋に対して、5日/週、1カ月間電気刺激療法を実施した。刺激パラメータは周波数30Hz、パルス幅100μs、オン:オフ時間=5秒:10秒、治療時間は15分とした。
運動療法実施前に電気刺激療法のみ実施し、その後運動療法を40分実施。
1カ月の介入後、関節可動域に変化はなかったが、上肢支持なしの立位保持時間が数秒から1分弱へと延長した。GMFMの点数では立位の項目において2点分の増加を示した。ただし日常生活での動作変化は見られず、本児自身としても変化を感じられるまでには至らなかった。
電気刺激療法は施設内でしか実施できないため、通院頻度や治療可能時間の制限等から、筋力を改善させるに値する十分な時間の確保が難しかった。また、電気治療装置の特性上、導子ケーブルの長さや電源の種類、ポータブルタイプではないなど条件に制約があり、運動療法併用などの付加治療の選択肢にも制限があった。今回の場合も、電気刺激を単独で行うより、運動療法を併用する事で更なる効果を示したのではないかと思われる。
自発的には筋活動を起こしにくい部位を電気刺激により筋活動を誘発し、その状態で立位や歩行練習などを行うことで、姿勢制御・運動制御の学習に有効なアプローチとなりえるものと考える。

第10回「脳性麻痺児の下肢筋力低下に対する電気刺激療法の効果」 目次

2013年06月04日掲載

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