EBPTワークシート
第8回 「拡張型心筋症に対する有酸素運動とレジスタンストレーニングの併用効果」

榊原記念病院 理学療法科
齊藤 正和、塩谷 洋平

基本情報

患者氏名
 
年齢
75歳
性別
男性
診断名
拡張型心筋症(dilated cardiomyopathy: DCM)
現病歴
労作時呼吸困難感を主訴に急性心不全にて入院加療となる。
薬物治療と並行して入院期より心臓リハビリテーション開始。
徐々に全身状態が安定し、15病日後に自宅退院となる。
自宅退院後も監視型回復期心臓リハビリテーション参加となる。

理学療法評価(回復期心臓リハビリテーション開始時)

身体組成
身長 170cm、体重 59kg、BMI 20.4kg/m2
日常生活動作(ADL)
Barthel index 100点
経胸壁心エコー
左房径(left atrial diameter: LAD)42mm
左室拡張末期径(left ventricular end diastolic diameter: LVEDD)/ 左室収縮末期径(left ventricular end systolic diameter: LVEDS):53mm/ 45mm
左室駆出率(left ventricular ejection fraction: LVEF)20%
左室流入血流速度(E)/ 僧帽弁輪速度(E')(E/E’):11.07
血液検査
血清ヘモグロビン(Hb)11.1mg/dl
血清クレアチニン(sCr) 1.21
推定糸球体濾過量(eGFR) 44.6ml/min/1.73m2
N末端プロ脳性ナトリウム利尿ペプチド(NT-proBNP)1123pg/dl
心肺運動負荷試験
嫌気性代謝閾値(anaerobic threshold:AT)8.9ml/min/kg(健常成人の56%)
最高酸素摂取量(peak VO2) 13.5ml/min/kg(健常成人の60%)
VE vs. VCO2 38.2
四肢骨格筋力
等尺性膝伸展筋力:右/左:27.2/ 23.5kg、平均25.4kg(体重比43%BW)
握力:右/左 25/26kg
移動動作能力
Short physical performance battery(SPPB)12点

ステップ1. PICO の定式化→ クリニカルクエッション

Patient(患者)
拡張型心筋症(DCM)により全周性に左室収縮能が低下し、運動耐容能や四肢骨格筋力の低下を認める心不全患者
Intervention(介入)
有酸素運動とレジスタンストレーニングの併用療法
Comparison(比較)
有酸素運動のみの運動療法と比較
アウトカム
有酸素運動とレジスタンストレーニングの併用療法は、運動療法に伴う心不全症状の増悪や左室リモデリングを招くことなく、安全に運動耐容能や四肢骨格筋力の改善に有用か?

ステップ2. 検索文献

検索式 PubMedにてKeywords「chronic heart failure、endurance training、 resistance training、randomized study」、Limits「randomized controlled trial、published in the last 10 years」で検索した結果、7件ヒット。
7件の研究論文のうち本症例のPICOと合致した下記文献を採用。
論文タイトル Combined endurance-resistance training vs. endurance training in patients with chronic heart failure: a prospective randomized study
著 者 Beckers PJ, Denollet J, et al
雑誌名 European Heart Journal. 2008; 29: 1858-1866
目 的 慢性心不全患者を対象に有酸素運動のみと、有酸素運動に加えてレジスタンストレーニングを併用した運動療法による運動耐容能および四肢骨格筋力に対する効果を比較検討する
研究デザイン Randomized controlled trial(RCT)
対 象 虚血性心筋症(ischemic cardiomyopathy: ICM)もしくは拡張型心筋症(DCM)による慢性心不全患者(LVEF≦40%、NYHAⅡ-Ⅲ)58名。
除外基準は、3か月以内に急性冠症候群(acute coronary syndrome: ACS)発症または血行再建術をしたもの、移植待機例、定期的な運動療法の参加困難例、下肢の疼痛または末梢動脈疾患により運動制限があるもの、運動療法を妨げる脳血管、呼吸器または運動器疾患合併例、コントロールされていないもしくは運動誘発性不整脈の合併例とした。
対象者は、有酸素運動+レジスタンストレーニングの併用群(CT群)28例、有酸素運動単独群(ET群)30例の合計58例であった。
介 入 運動療法:

 ① 運動頻度
   運動頻度は、週3回、6か月間実施
   (1週間以上、運動療法を休止した症例は除外)

 ② 運動強度と反復回数
   有酸素運動:嫌気性作業閾値時の心拍数の90%
   レジスタンストレーニング:開始時50%1RM、2か月後から60%1RM
             反復回数:下記に示すように徐々に漸増
                  10回×1セット
                  15回×1セット
                  10回×2セット
                  15回×2セット

 ③ 運動療法プログラム
   ・有酸素運動単独群(ET群)
   ⅰ)開始~4か月:5種の運動機器(トレッドミル、自転車エルゴメータ、階段昇降、上肢エルゴメータ、
     リカンベントエルゴメータ)を使用し、各々8分間の運動療法を実施
   ⅱ)4~6か月:3種の運動機器を使用し、各々15分間の運動療法を実施

   ・有酸素運動+レジスタンストレーニングの併用群(CT群)
   9つの筋群(大腿四頭筋、大胸筋/小胸筋、広背筋、前鋸筋、上腕二頭筋、上腕三頭筋、僧帽筋、
   菱形筋)の各レジスタンストレーニングを施行
   ⅰ)開始~2か月:有酸素運動10分間+レジスタンストレーニング40分
   ⅱ)2~4か月:有酸素運動8分間×2回、レジスタンストレーニング30分
   ⅲ)4~6か月:有酸素運動15分間×3回、レジスタンストレーニング(大腿四頭筋、大胸筋、前鋸筋、
     広背筋)10分
主要評価項目 ① 運動耐容能  :最大下運動負荷量(SSW)、最大下運動負荷時の心拍数
         最高酸素摂取量(peakVO2)、最高心拍数、最高運動負荷量
② 四肢骨格筋力 :1RMによる上肢筋力および下肢筋力評価
③ 健康関連QOL :The health complaints scale (HCS)の下位尺度「cardiac symptom」
④ 左室リモデリング:左室駆出率(LVEF)、左室拡張末期径/(LVEDD)収縮末期径(LVESD)、
          N末端プロ脳性ナトリウム利尿ペプチド(NT pro BNP)
⑤ 有害事象   :全死亡率、心血管イベントによる再入院(観察期間714±81.4日)
結 果 ① 運動耐容能
  a.最大下運動負荷量(SSW):CT群がET群に比べて、有意に増加
   (CT群 vs. ET群:39.3±14.6→64.1±16.8 vs. 51.4±13.4→67.0±14.6 watts; p<0.007)
  b.最大下定常運動負荷量と心拍数の比(HR/ SSW ratio):CT群がET群に比べて、有意に減少
   (3.09±1.5→1.66±0.4 vs. 2.02±0.5→1.55±0.3; p=0.002)
  c.最高酸素摂取量(peakVO2)、最高運動負荷量(watts)、最高心拍数(bpm)およびVE vs. VCO2
   2群間で改善率に有意差を認めなかった。

② 四肢骨格筋力
  a.上肢筋力:CT群がET群に比べて、有意に増加した
       (27.3±11.7→40.5±14.5 vs. 39.2±11.6→44.9±11.8kg; p=0.003)
  b.下肢筋力:CT群とET群で有意差は認めなかった
       (29.5±15.5→42.3±16.9 vs.38.4±18.6→49.3±16.9kg;p=0.5)

③ 健康関連QOL
  cardiac symptoms:CT群がET群に比べて、有意に改善
          (60% vs. 28%; OR3.85、95%CI 1.11-12.46, p=0.03)

④ 左室リモデリング
  LVEF      :両群ともに有意に改善(CT群:25.8±6.9 vs. 28.5±9.7%;p=0.04、
         ET 群:23.4±9.4 vs. 29.0±13.5%;p=0.004)
  LVEDD/LVESD :両群ともに有意な変化は認めなかった
  NT pro BNP  :両群ともに有意な変化は認めなかった

⑤ 有害事象:CT群およびET群ともに運動療法に伴う有害事象なし
  運動療法期間中の心血管イベント
  a.心血管イベントによる再入院(p=0.70)
  b.死亡(p=0.97)
結 論 慢性心不全患者に対する有酸素運動とレジスタンストレーニングを併用した運動療法は、安全に実施可能であり、有酸素運動単独と比べて、運動耐容能、上肢筋力および心不全に伴う自覚症状に対する効果はより有用であることが示された。

ステップ3. 検索文献の批判的吟味

  • 割り付け時の対象者の85%以上が介入効果の判定対象となっている

ステップ4. 臨床適用の可能性

  • エビデンスの臨床像は自分の患者に近い
  • 臨床適用が困難と思われるような禁忌条件・合併症等のリスクファクターはない
  • 倫理的問題はない
  • 自分の臨床能力として実施可能である
  • 自分の施設における理学療法機器を用いて実施できる
  • カンファレンス等における介入計画の提案に対してリハチームの同意が得られた
  • エビデンスに基づいた理学療法士としての臨床判断に対して患者の同意が得られた
  • その他
本症例の回復期心臓リハビリ介入
動療法は、当院監視型運動療法プログラムに準じて、週3回、12週間継続した。30分間のATレベルの有酸素運動に加えて、6種の運動機器(チェストプレス、ラットプルダウン、アッパーバック、レッグプレス、レッグエクステンション、レッグカール)を使用したレジスタンストレーニングを実施した。
レジスタンストレーニングの運動強度は、上肢レジスタンストレーニング3種目は30%1RMから開始し、1か月後から40%1RMへ漸増、下肢レジスタンストレーニング3種目は50%1RMから開始し、1か月後より60%1RMへ漸増した。
運動反復回数は、10回反復を1セット、2セット、15回反復を1セット、2セットと徐々に漸増した。
監視型運動療法プログラム開始時と3か月後の終了時に、経胸壁心エコー、血液検査、心肺運動負荷試験および四肢骨格筋力評価を実施した。
注意事項
毎回、運動療法を実施する前に、当院で配布している生活日誌を使用しながら、自宅での疾病管理状況を心臓リハビリテーション室専従看護師が確認し、心不全徴候がないことを評価したうえで運動療法を実施した。
また、運動療法中は、適宜心拍数、血圧、自覚症状(Borg scale)の過度な逸脱がないかモニタリングしながら実施した。

ステップ5. 適用結果の分析

回復期心臓リハビリテーションプログラムは順調に予定通り実施でき、回復期心臓リハビリテーションプログラム期間中の心不全増悪、新たな運動器障害などの運動療法に伴う有害事象は認めなかった。
表1~4に回復期心臓リハビリ介入前後の各指標の推移を示す。介入の前後における評価結果を下記に示す。
3か月間の回復期心臓リハビリテーションに伴う、心機能およびに各種血液検査所見の著明な増悪は認めなかった。また、四肢骨格筋力の指標である等尺性膝伸展筋力および握力が10%程度の改善を認め、運動耐容能の指標であるAT、peakVO2、VE vs. VCO2が25〜30%程度の改善を認めた。また、本症例は、回復期心臓リハビリテーション終了後1.5年経過しているものの、現在まで心不全増悪による再入院は認めていない。
  回復期リハ介入前 回復期リハ介入後
LAD(mm) 42 40
LVEDD(mm) 53 51
LVESD(mm) 45 43
LVEF(%) 20 20
E/E’ 11.07 12.21
    表1:回復期心臓リハビリテーション前後の経胸壁心エコー各指標の推移
      LAD: 左房径、LVEDD:左室拡張末期径、LVESD:左室収縮末期径、LVEF:左室駆出率、
      E/E’: 左室流入血流速度(E)/ 僧帽弁輪速度(E')
 
  回復期リハ介入前 回復期リハ介入後
Hb(g/dl) 11.1 11.6
sCr(g/dl) 1.21 1.14
eGFR(mi/min) 44 42
NT-proBNP(pg/ml) 1573 1136
    表2:回復期心臓リハビリテーション前後の血液検査所見の推移
      Hb;血清ヘモグロビン、eGFR;推定糸球体濾過量、NT-pro BNP;N末端プロ脳性ナトリウム利尿ペプチド
 
  回復期リハ介入前 回復期リハ介入後
AT(ml/min/kg) 8.9 11.4
% AT(%) 56 69
peakVO2(ml/min/kg) 13.5 16.8
% peakVO2 (%) 60 75
VE vs. VCO2 38.2 33.0
    表3:回復期心臓リハビリテーション前後の運動耐容能の推移
 
  回復期リハ介入前 回復期リハ介入後
  右側 左側 平均 右側 左側 平均
下肢筋力体重比(kg) 27.2 23.5 25.4 28.6 28.2 28.4
体重比(%BW)   43.0   48.1
握力(kg) 25.0 26.0 25.5 27.0 28.0 27.5
    測定値はそれぞれ2回測定した最大値を採用
    表4:回復期心臓リハビリテーション前後の身体機能の推移

第8回「拡張型心筋症に対する有酸素運動とレジスタンストレーニングの併用効果」 目次

2013年03月06日掲載

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