EBPTワークシート
第11回 「人工股関節置換術後早期における部分免荷トレッドミルトレーニングの効果」

東京医科歯科大学医学部附属病院 リハビリテーション部
小川 英臣
岡安  健

基本情報

患者氏名
 
年齢
69歳
性別
男性
診断名
一次性変形性股関節症(末期)
現病歴
2010年頃より右股関節痛を自覚し、徐々に疼痛増悪。2013年4月に右人工股関節置換術(Posterolateral aproach)施行。
既往歴
高血圧症
その他、手術や後療法に影響を与えうる合併症はなし

理学療法評価概略(術前評価時)

BP
151/98 mmHg
HR
57 bpm
連続歩行は1時間程度可能。杖は使用せず、なるべく手すりを利用するように
していた。
客観的脚長差
SMD(spinomalleolus distance)77.5㎝/78㎝(R/L)
自覚的脚長差
0.5㎝(R<L)
FFD(finger-floor distance)
−17㎝
疼痛
股関節外側部(歩行時・股関節屈曲時・股関節外旋時)
右膝外側部(膝屈曲時)
腰痛(-)
体重に対しての    下肢最大荷重量
右100% / 左100%
 
MMT(R/L)
股関節外転4/4
   伸展4/4
10m自由歩行
(支持なし)
time13.7sec 歩数22steps
股関節可動域
股関節SLR 70 60
 屈曲 95 (Pain) 105
 伸展    (膝伸展) -5 5
 外展 10 25
 内転 10 10
 外旋 35 (Pain) 40
 内旋 0 25
膝屈曲 155 (Pain) 155
 伸展 0 0
足関節背屈 10 20

理学療法評価概略(術後評価時)

BP
125/76 mmHg
HR
70 bpm
客観的脚長差
SMD 78.5㎝ / 78㎝(R/L)
自覚的脚長差
0.5㎝(R>L)
疼痛
術創部痛NRS(numerical rating scale)5
体重に対しての    下肢最大荷重量
右92% 左100%

ステップ1. PICO の定式化→ クリニカルクエッション

Patient(患者)
片側人工股関節置換術後患者に対し
Intervention(介入)
部分免荷トレッドミルトレーニングは
Comparison(比較)
一般的な後療法と比較し
アウトカム
股関節機能および歩行機能の改善が得られるか

ステップ2. 検索文献

検索式 PEDroのAdvanced searchにてキーワード「THA、treadmill」、Body Part:thigth or hip、Subdiscipline:orthopeadics、Method:clinical trial、Return:10で検索した結果、5件ヒット。本症例のPICOに近く、介入の参考となる文献と判断し、下記の論文を選択した。
論文タイトル Treadmill Training With Partial Body-Weight Support After Total Hip Arthroplasty: A Randomized Controlled Trial
著 者 Hesse S, Werner C, et al
雑誌名 Archives of Physical Medicine and Rehabilitation 2003; Dec; 84(12):1767-1773
目 的 THA術後患者に対し、床上歩行訓練と部分免荷トレッドミル歩行訓練ではどちらが歩行改善に有用か調査する。
研究デザイン Randomized controlled trial(RCT)
対 象 THAを実施した812人の中から以下の基準を満たした80人の患者を対象とした。
①75歳以下であること。
②股関節症か股関節骨折により初回片側のTHAを施行していること。
③クリンクベルリン病院での2週間のリハビリテーションに参加する意欲のあるもの。
④セメントおよびセメントレスの人工股関節置換術であること。
⑤85%以上の荷重が可能であり、杖を用いた交互歩行が可能であること。
⑥歩行に影響を及ぼすような整形外科疾患、神経疾患がないこと。
⑦6か月以内に深部静脈血栓症の既往がないこと、また心疾患の既往がないこと。
参加者にはみな書面にて研究に対する同意を得て、地方の倫理委員会にて承認を得た。
割り付け:患者は介入開始30分前に集められ、80人を無作為抽出し治療群と対照群をそれぞれ40人ずつ割り付けた。
介 入 術後約3週の患者に対し、連続10日に渡り45分間の個別的治療を実施。治療群は介入1日~5日(1セッション)に25分の部分免荷トレッドミル歩行(0.5-1.0m/sの至適速度)と20分の理学療法を実施し、6日~10日(2セッション)に35分のトレッドミル歩行(1日~5日の25%増の速度)と10分の理学療法を実施した。部分免荷はハーネスによりサポートし、セッションを通して免荷量を15%に設定した。対照群は毎日45分の理学療法を実施した。
主要評価項目 主要なアウトカムはハリスヒップスコア(Harris hip score)とし、そのほか股関節伸展可動域、歩行速度、歩行左右対称性(患側立脚期 / 健側立脚期をウルトラフレックスシステムにて計測)、股関節外転筋力(Medical Research Council scale:MRC)、股関節外転筋の筋電図とした。
統計処理:治療前、治療終了時(10日後)、3か月後、12か月後の各グループ間で、反復測定分散分析を用い、ハリスヒップスコアに関しては有意水準を5%以下、他の項目に関してはボンフェローニ法を用いて補正し、有意水準を1%以下として比較した。
結 果 対照群の外転筋の筋電図結果を除いて、両群とも治療前から治療終了時まではすべての評価項目において改善が見られた。ハリスヒップスコアは対照群より治療群で13.6ポイント高く、3か月後で8.9ポイント、12か月で16.6ポイント有意に高かった(P<.05)。特にトレッドミルグループの痛みと最大歩行距離の項目において大きく対照群より高かった(下位項目の統計学的処理はなし)。股関節伸展においては、治療群の股関節伸展制限が対称群より約6.8°有意に小さく(P<.01)、歩行の左右対称性においては約10%有意に大きかった(P<.01)。股関節外転筋力は治療群4.24、対照群3.73と治療群が有意に大きかった(P<.01)。中殿筋の筋活動は、介入終了時治療群で41.5%有意に大きかった(P<.01)。歩行速度に有意差はなかった。

ステップ3. 検索文献の批判的吟味

  • 割り付け時の対象者の85%以上が介入効果の判定対象となっている
  • 結果と考察との論理的整合性が認められる

ステップ4. 臨床適用の可能性

  • 臨床適用が困難と思われるような禁忌条件・合併症等のリスクファクターはない
  • 倫理的問題はない
  • 自分の臨床能力として実施可能である
  • 自分の施設における理学療法機器を用いて実施できる
  • カンファレンス等における介入計画の提案に対してリハチームの同意が得られた
  • エビデンスに基づいた理学療法士としての臨床判断に対して患者の同意が得られた
  • その他
具体的な介入方針
対象症例の選択基準は、変形性股関節症により当院にて片側人工股関節置換術を予定している患者(非術側は痛みのないもの)で、術後3日目以降に上肢による部分免荷トレッドミル歩行が可能な症例とした。
採用した論文に基づき、対象年齢は75歳以下、初回THA、他整形外科疾患や神経疾患がないこと、介入開始前に85%以上の荷重が可能であること、過去6か月以内に深部静脈血栓症や心疾患の既往歴がないことを条件とした。
方法
火曜日に手術を施行し、木曜より術後理学療法を開始、翌日金曜まで当院の標準的な理学療法を施行。翌週月曜より連続する5日(術後6日~10日:1セッション)よりトレッドミル歩行訓練を開始した。1セッションは時速1.8~3.6kmの至適速度、翌々週月曜から連続する5日(術後13日~18日:2セッション)は時速2.3~4.5kmの至適速度で上肢の部分免荷によるトレッドミル歩行を実施(疼痛範囲内での荷重とする)。理学療法実施時間は2単位(40分)のうちの1セッションでは5分~10分のトレッドミル歩行、他30分~35分で個別的治療を実施し、2セッションでは10分~15分のトレッドミル歩行、25分~30分で個別的治療を実施する。個別的治療は可動域訓練・筋力訓練・ADL訓練、脱臼回避動作指導・ホームエクササイズ指導を含めるものとした。なお、今回の症例の場合、介入期間中に退院となったため、退院をもって介入終了とした。
評価項目はハリスヒップスコア、股関節伸展可動域、歩行速度、股関節外転筋力(MMT)とした。
評価時期は、術後6日目(介入前)、2セッション終了時(術後18日もしくは介入最終日)、術後3か月(整形外来受診日)とする。
注意事項
トレッドミルトレーニング中の転倒、過度な疲労に注意しながら実施した。
なお、個人情報保護に関する同意書、同意撤回書を作成した。

ステップ5. 適用結果の分析

当初予定していた介入計画よりも早い退院となり、実際に介入できた日数は7日間であった。結果を以下に示す。ハリスヒップスコアは介入前45.6点、退院日56.8点、術後3ケ月92.9点であった。特に下位項目の中で疼痛、および歩行距離において採用した論文の記載と同様に大きな改善が見られた。股関節伸展可動域は当院の術後プロトコルに基づいた目標可動域に達しており、介入前、退院日、術後3ケ月とも0°と変化はなかった。歩行速度、股関節外転筋力においては術後経過とともに改善が認められた。
  術後6日
(介入前)
術後14日
(退院日)
術後3ヶ月
ハリスヒップスコア(100)  45.6 56.8 92.9
ハリスヒップスコア下位項目      
疼痛(44) 20 20 40
破行(11) 5 8 8
補助具(11) 5 7 11
歩行距離(11) 2 2 11
階段昇降(4) 0 2 4
フットケア(4) 2 4 4
坐位(5) 3 5 5
公共機関の利用(1) 0 0 1
変形による制限および欠如(4) 4 4 4
可動域(5)※ 4.6 4.8 4.9
股関節伸展可動域(°) 0 0 0
歩行速度(m/sec) 0.81(T-cane) 1.01(T-cane) 1.28(支持なし)
股関節外転筋力(MMT) 2 3 5
  •  ※…少数点第二位を四捨五入して計算
  •  *スコアの各項目に続く( )内は満点の数値を示す
  •  *疼痛、歩行距離において、翻訳文と同様に大きな改善がみられた

第11回「人工股関節置換術後早期における部分免荷トレッドミルトレーニングの効果」 目次

2013年09月06日掲載

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