EBPTワークシート
第16回「人工膝関節全置換術後患者における神経筋電気刺激を併用した理学療法」

苑田会人工関節センター病院 田中友也

基本情報

年齢 70歳代
性別 女性
診断名 右変形性膝関節症
手術名 人工膝関節全置換術(以下TKA: Total Knee Arthroplasty)
現病歴 10年前より右膝痛が出現。近医にて保存療法を行っていたが、
右膝痛は改善せず当院受診。末期変形性膝関節症の診断により、
右膝のTKAを施行することになった。
既往歴 高血圧
Hope 早期に退院すること。
将来的に膝痛なく歩いて旅行、買い物に行きたい。
X線評価 Kellgren-Lawrence分類 グレードⅣ
大腿脛骨角 右膝185° 左膝175°

理学療法評価概略

術前評価  
視診・触診 軽度の右膝関節腫脹あり。右膝内反変形。
右外側広筋・ハムストリングスtightnessあり
疼痛(NRS) [安静時]右膝3/10、左膝0/10 
[動作時] 右膝6/10、左膝0/10
*疼痛は関節が軋むような鋭い痛み
関節可動域 [膝屈曲]右105°、左140°
[膝伸展]右-10°、左-5°
膝伸展筋力(MMT) [右] 3(膝関節可動域制限のため完全伸展不可)
[左]4
等尺性膝伸展トルク [右膝]0.71Nm/kg  [左膝]1.20Nm/kg
日本語版準WOMAC(Western Ontario and McMaster Universities Osteoarthritis Index) 疼痛項目50点(特に歩行時と階段昇降時に強い疼痛の訴えあり)
身体機能項目62点(特に歩行、階段昇降、買い物に困難さの訴えあり)
日常生活動作能力(以下ADL能力: Activity of Daily Living) 杖歩行自立、階段昇降2足1段自立(手すり使用)
歩行評価 [Timed Up & Go test]10.4秒  
[歩容]右下肢の立脚中期で、右膝lateral thrustあり。
術後評価
(術後3日目)

 
 
視診・触診 術後の右膝関節腫脹あり。創部あり。大腿から下腿部までの浮腫あり。
大腿直筋とハムストリングスが防御性収縮により過緊張を起こす。
疼痛が増強することにより、さらに防御性収縮が強くなる。
疼痛(NRS) [安静時]右膝5/10、左膝0/10
[動作時]右膝8/10、左膝0/10
*切り傷の痛みと鈍い痛み
関節可動域 [膝屈曲]右90°、左140°
[伸展]右-20°、-5°
膝伸展筋力(MMT) [右] 2 収縮時痛あり
[左]4
等尺性膝伸展トルク:測定不可
日常生活動作能力 歩行器歩行見守りレベル
歩行評価 [Timed Up & Go test]測定不可 
[歩容]右下肢の立脚中期に右膝屈曲位で荷重支持を行う。
荷重時に膝痛あり。
また、大腿四頭筋の収縮が弱く、体幹・股関節を屈曲させた代償動作を用いて歩行を行っている。さらに、右下肢の遊脚相での膝屈曲運動(Knee action)が見られず、Stiff kneeとなる。
理学療法士の考察
 
 
 本患者は術後早期の膝痛や腫脹により関節原生筋抑制を起こし、それが起因になることでADL能力(特に歩行能力)低下を引き起こしている。さらに、本患者は早期退院を目標としていることもあり、早い段階で問題点を少しでも解決したい。過去の報告では、TKA術後の理学療法に関するシステマティックレビューで神経筋電気刺激(以下NMES:Neuromuscular Electrical Stimulation)が推奨されていたため、TKA後のNMESに関して介入方法を調べるために、問題点の定式化を行なった。

 

ステップ1. PICO の定式化→ クリニカルクエッション

Patient (患者) TKA術後の患者に対し
Intervention (介入) 大腿四頭筋に対するNMESを併用した理学療法介入は
Comparison (比較) 併用していない理学療法介入と比較して
Outcome (効果) 疼痛、等尺性膝伸展トルク、ADL能力の改善が得られる

 

ステップ2. 検索文献

(☑︎ 一次情報 ・ □ 二次情報
検索式 検索データベース:PubMed
検索用語:「Total knee arthroplasty」、
「Neuromuscular Electrical Stimulation」、
「quadriceps femoris muscle」、
3つの用語を用いてAND検索を実施。

論文選択基準:[対象者]TKA術後の患者であること

[研究デザイン]ランダム化比較試験

[介入]術後早期に介入が実施されていること

[測定]疼痛、大腿四頭筋筋力、ADL能力がアウトカムであること

[測定時期]術前と術後早期に評価が実施されていること

上記の用語を用いて検索した結果、30件の論文が該当した。
タイトルとアブストラクトを確認後、本文を読み、本患者の介入に
参考となる論文を選択した。
論文タイトル Early neuromuscular electrical stimulation to improve
quadriceps muscle strength after total knee arthroplasty:
a randomized controlled trial. 
著者 Stevens-Lapsley JE, Balter JE, Wolfe P, et al.
雑誌名 Physical Therapy. 2012 ;92(2): 210-26.
目的 TKA術後早期の患者におけるNMESの効果を検討すること
研究デザイン ランダム化比較試験
対象 研究期間:2006年6月〜2010年6月

包含基準:50〜85歳の初回片側TKAを施行した患者

除外基準:
管理が不良な高血圧または糖尿病を有する患者
BMIが35kg/m2以上の患者
神経学的障害を有する患者
反対側の膝関節に強い疼痛(NRS 4/10以上)を有する患者
下肢の整形外科疾患を有する患者

群の割付:層別化ランダム割付(性別と年齢で層別化)

対象者:526名の患者から基準を満たした66名

介入群35名、対照群31名にランダム割付された
介入 共通リハビリテーションプロトコル
・早期リハビリテーション
 1, 術後1日目から歩行練習を開始.
 2, 術後3日目まで標準化された入院リハビリテーションを計6回実施.
・自宅での訪問理学療法
 1, 退院後、術後2週まで自宅での訪問理学療法を計6回実施.
 2, 理学療法内容:関節可動域エクササイズ(Ex)、筋力増強Ex、
   ファンクショナルEx、物理療法(アイシング、圧迫)、
       軟部組織モビライゼーション

・外来理学療法
  1, 訪問理学療法終了後、外来理学療法を計10〜12回実施.(期間:6週間)
  2, 理学療法内容:訪問理学療法の内容を継続.
      回復に応じてEx内容のレベルアップと負荷の増加を実施.

・自主トレーニング
  1, 退院後30日間のホームExを実施.
  2, 理学療法士が訪問および外来理学療法時にExの指導を実施.

介入群
・大腿四頭筋に対するNMESを術後48時間後から実施.
・1回の介入でNMESによる筋収縮を15回に設定した.
・介入回数は1日2回、介入期間は6週間とした.

 [介入内容詳細]
 1, ポータブルの電気刺激装置を使用.
 2, 治療時の姿勢は、股関節屈曲85°、膝関節屈曲60°にした
       椅子座位となり、治療側下肢の下腿遠位をベルクロで固定した.
 3, 大腿前面の遠位内側と近位外側に電極を貼付.
 4, パラメータ:対称性二相波形、周波数50pps、15秒on/45秒offサイクル、
         ランプアップタイム3秒、パルス持続時間250μsec
 5, 介入中は患者にリラックスさせ、痛みに耐えられる限界の強さまで、
       電流強度を上げるように指示した.

対照群
・共通リハビリテーションプロトコルのみ実施.
主要評価項目 ・測定項目

1, 等尺性膝伸展トルク
2, 等尺性膝屈曲トルク
3, Timed Up & Go Test(TUG)
4, 階段昇降テスト(Stair-Climbing Test: SCT)
5, 6分間歩行テスト(Six-Minute Walk Test: 6MWT)
6, 自動膝関節可動域(屈曲・伸展)
7, 疼痛検査 (Numeric pain Rating Scale: NRS)
8, 36-Item Short-Form Health Survey questionnaire (SF-36)
9, The Western Ontario and McMaster Universities
    Osteoarthritis Index (WOMAC)
10, 主観的な膝関節機能(0〜100点のGlobal rating scale: GRS)


・測定時期

 術前(1〜2週前)、術後3.5、6.5、13、26、52週目
結果 ・最終的に追跡可能であった対象者は55名であった
 (介入群30名、対照群25名).


・等尺性膝伸展トルクは3.5、6.5、13、52週目で、介入群の方が有意に高値を示した.


・術後早期となる3.5週目の結果として、等尺性膝伸展トルク、等尺性膝屈曲筋トルク、自動膝伸展可動域、TUG、SCT、6MWT、GRSに関して、介入群の方が有意な改善を示した.
結論 ・術後早期からのNMESは、手術により低下した下肢筋力や身体機能を効果的に改善させた.

・特に、術後1ヶ月までの改善に対して、最も有効であった.

 

ステップ3. 検索文献の批判的吟味

☑ 研究デザインは適切である ( ☑ ランダム化比較試験である)
□ 比較した群間のベースラインは同様である
☑ 盲検化されている ( ☑ 一重盲検 ・ □ 二重盲検)
☑ 患者数は十分に多い
□ 割り付け時の対象者の85%以上が介入効果の判定対象となっている
☑ 脱落者を割り付け時のグループに含めて解析している〔→治療企図解析(ITT解析)〕
☑ 統計的解析方法〔→統計的仮説検定〕は妥当である
☑ 結果と考察との論理的整合性が認められる
 

 

ステップ4. 臨床適用の可能性

☑ エビデンスの臨床像は自分の患者に近い
☑ 臨床適用が困難と思われるような禁忌条件・合併症等のリスクファクターはない
☑ 倫理的問題はない
☑ 自分の臨床能力として実施可能である
☑ 自分の施設における理学療法機器を用いて実施できる
☑ カンファレンス等における介入計画の提案に対してリハチームの同意が得られた
☑ エビデンスに基づいた理学療法士としての臨床判断に対して患者の同意が得られた
□ その他: 
具体的な介入方針
 
 当院のリハビリテーションプロトコルに従い、術後翌日より早期離床を開始。身体状態が安定し、リハビリテーション室へ移動が可能となった時点でNMESを実施した。NMESを実施する上で、採用論文の除外基準と電気治療の禁忌事項から、条件が満たしていることを確認した。加えて、医師に上申し、NMES実施の指示と、患者の同意を得たのちに介入を開始した。
 患者は、術後3日目にサークル歩行器使用しての歩行移動を獲得した。身体状態も安定したため、リハビリテーション室にてNMESを開始した。NMESは1日2回(午前、午後ともに1回)、週6日実施した.電気治療器の設定は、採用論文を参考に調整した。電流強度は、電気の痛みに耐えられる最大限の強さまで上げた。以降、特に異常はなくNMESを継続して実施し、術後21日目に退院した。また、創部の疼痛が改善してきた段階で、大腿四頭筋の筋力増強トレーニングと電気治療に合わせて実施し、大腿四頭筋の筋収縮を促通した。
注意事項 電気治療の禁忌事項を確認すること。
術後早期は創部の保護でドレッシング材が利用されているため、それを避けて電極を貼付する。
開始前後、電極を貼付した部位の皮膚に異常がないことを確認する。

 

ステップ5. 適用結果の分析

 本患者は、当院のリハビリテーションプロトコルに沿って進行し、術後21日目に自宅退院となった。NMESは術後3日目より開始し、退院前日まで予定した方針通りに介入を実施した。加えて、NMESに対する患者の受け入れが良好であり、継続して介入を実施できた。しかし、採用論文ほどの電流の強さまで上げられなかった。介入の結果、NMESを併用したことによって、等尺性膝伸展トルクや歩行能力が、採用論文の結果と同等な改善を得ることができたと考えられる。さらに、当院で手術した患者の平均以上に改善が見られたことから、適応可能な他患者にも積極的な介入が必要であることが示唆された。
 今回は入院時期の介入のみであり、退院時には完全に等尺性膝伸展トルクや歩行能力の改善は得ていない。そのため、退院後の外来理学療法時にも継続してNMESの介入を行うことが望ましい。しかし、採用論文とは異なり電気治療機器を貸し出すことができず、週2回の外来理学療法時のみの介入となる。そのため、採用論文の介入時間より短くなってしまうことが介入の限界となる。
 
術後評価(術後21日目 *退院時)
 
視診・触診 右膝関節腫脹は改善したが、軽度残存している。
大腿直筋とハムストリングスの防御性収縮は改善した。
疼痛(NRS) [安静時]右膝0/10、左膝0/10
[動作時]右膝2/10、左膝0/10
 *動作開始時に右膝の鈍痛とこわばり感が残存
関節可動域 [膝屈曲]右120°、左140°
[伸展]右-5°、-5°
膝伸展筋力(MMT) [右] 4 [左]4
等尺性膝伸展トルク [右膝]0.75Nm/kg  [左膝]1.25Nm/kg
ADL能力 杖歩行自立、階段昇降2足1段自立
歩行評価 [Timed Up & Go test] 11.6秒
[歩容]右下肢立脚相時の荷重痛は改善した。
術後3日目と比較して体幹・股関節を屈曲させた代償動作は改善したが、完全には改善できず代償動作がやや残存した。また、Stiff kneeに関しても同様な結果となった。

第16回「人工膝関節全置換術後患者における神経筋電気刺激を併用した理学療法」目次

2019年02月19日掲載

PAGETOP