EBPTワークシート
第23回「注意障害により歩行自立困難であった片麻痺1症例におけるTrail Walking Exerciseの効果」

                                                                            東京都リハビリテーション病院 廣澤全紀

基本情報

年齢 50歳代
性別 男性
診断名 左視床出血(脳室穿破)、右片麻痺
現病歴 1病日、左視床出血を発症した.5病日、意識レベルの低下を認め、水頭症の診断により穿頭脳室ドレナージ術が施行された.24病日に回復期リハビリテーション病院へ入院となる.入院時より、床頭台の物に手を伸ばそうとして転倒、床に落ちたリモコンに手を伸ばして転落、装具を自分で装着しようとして転落するなど転倒・転落を繰り返していた。142病日に移乗動作修正自立となった。170病日、T字杖とSLBを使用して歩行は監視レベルとなったものの、歩行中に注意が転動しやすく、転倒リスクが高い状態にあると考えられ、歩行の自立度向上に難渋していた.
既往歴 特になし

理学療法評価概略

身体機能
運動麻痺 Brunnstrom stage 上肢-Ⅱ、手指-Ⅱ、下肢-Ⅳ
感覚 上下肢ともに表在・深部感覚中等度鈍麻
バランス能力 Berg Balance Scale(BBS) 47点
歩行能力 10M歩行時間
17.8秒
(T字杖・SLBを使用、監視レベル)
Timed up and go test(TUG) 20.0秒
高次脳機能
認知機能 Mini-Mental State Examination 26点
注意機能 Trail Making Test part-A(TMT-A) 141.7秒

ステップ1. PICO の定式化

Patient (患者) 脳卒中患者
Intervention (介入) 歩行に課題特異的な介入
Comparison(比較) 通常の歩行練習
Outcome (効果) 転倒発生率の減少、転倒に関連する因子(主に注意機能)

ステップ2. 検索文献

(☑一次情報 ・ □二次情報
検索式 walking exercise or gait exercise or walking training or gait training and fall
論文タイトル Trail-walking exercise and fall risk factors in community-dwelling older adults: preliminary results of a randomized controlled trial.
著者 Yamada M, Tanaka B, Nagai K, Aoyama T, Ichihashi N.
雑誌名 Journal of American Geriatrics Society.2010;58(10):1946-51.
目的 Trail walking exerciseが地域在住高齢者の転倒発生率に及ぼす効果について検証すること
研究デザイン Randomized controlled trial
対象 地域在住高齢者(65歳以上、Mini-Mental State Examination 24点以上)
介入 16週間の内、1週間に1回、90分間のグループトレーニングを実施した。20分間の有酸素運動、20分間の筋力トレーニング、10分間の柔軟とバランス運動、10分間のクールダウンアクティビティを全対象者が実施した。さらに25m2(5m×5m) の床に設置した①~⑮までの旗を順番に、なるべく早く通過する課題(Trail walking exercise;TWE)もしくは円周路を快適歩行速度で歩く課題を無作為に30名ずつ実施した.
主要評価項目 転倒発生率比(介入群の転倒発生率/非介入群の転倒者率、Incidence Rate Ratio;IRR)副次評価項目としてTUGやTMT-Aなど
結果 TWEと通常の歩行練習を行った2群間のIRRは6ヶ月後に0.20、12か月後に0.45であった.また,介入後にTMT-A とTUGは有意に改善した.
結論 TWEは通常の運動練習と比較して,移動能力と認知機能を向上させ,6か月後の転倒発生率を減少させる.

ステップ3. 検索文献の批判的吟味

☑ 研究デザインは適切である (☑ランダム化比較試験である)
☑ 比較した群間のベースラインは同様である
□ 盲検化されている (□一重盲検 ・ □二重盲検)
□ 患者数は十分に多い
☑ 割り付け時の対象者の85%以上が介入効果の判定対象となっている
□ 脱落者を割り付け時のグループに含めて解析している
☑ 統計的解析方法は妥当である
☑ 結果と考察との論理的整合性が認められる
 

ステップ4. 臨床適用の可能性

□ エビデンスの臨床像は自分の患者に近い
☑ 臨床適用が困難と思われるような禁忌条件・合併症等のリスクファクターはない
☑ 倫理的問題はない
☑ 自分の臨床能力として実施可能である
☑ 自分の施設における理学療法機器を用いて実施できる
☑ カンファレンス等における介入計画の提案に対してリハチームの同意が得られた
☑ エビデンスに基づいた理学療法士としての臨床判断に対して患者の同意が得られた
□ その他:  
 
具体的な介入方針  介入はTrail Walking Exerciseを通常の理学療法に加えて1日20分間行い,7日間を介入期間としてその内5日間実施した.介入期間の前後2日間と,介入後7日を経た2日間を評価期間とした。注意機能としてTMT-A,身体機能としてTUGを測定した.
注意事項  介入中の転倒の危険性について症例に十分説明し、同意を得て実施した。介入中は症例の後方から転倒に備えた.介入中に転倒などのアクシデントはなかった.

ステップ5. 適用結果の分析

 TMT-Aは141.7-123.2-113.8秒,TUGは20.0-15.7-15.3秒(介入前-介入直後-介入後)と介入直後に短縮し,介入後も継続する傾向にあった.また、介入後に転倒は発生しなかった.以上より,本症例は先行研究と同様の介入効果を示す傾向にあった.
 本症例では前部帯状回-視床ー中脳のネットワークが果たす注意機能の低下により歩行中の転倒リスクが増悪していると仮説を立てて介入した.一方で,TWEは旗を探すという探索能力や注意機能,旗の位置を短期的に記憶していく短期記憶能力,頻回な方向転換を可能にする身体機能が同時に求められる.TWEのような複雑な環境下での歩行練習は,注意機能と身体機能を同時に改善し,脳卒中患者においても転倒リスクを軽減する可能性が示唆された.

第23回「注意障害により歩行自立困難であった片麻痺1症例におけるTrail Walking Exerciseの効果」 目次

2019年11月20日掲載

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