EBPTワークシート
第25回 「脳卒中片麻痺患者に対するSling Exercise Therapyの効果」解説

東京都リハビリテーション病院 佐藤義尚

ステップ1.の解説:PICOの定式化

 バランス能力が低く、歩行自立が困難であった脳卒中患者をpatientとして設定しました。本症例は、脳卒中患者に多い注意障害も有しており、運動時に全身的に過剰収縮を伴いやすく、細かな運動の指示の理解は困難でした。これに対し、Slingを用いた運動療法は、Slingにより身体の重量を調整することで、過剰努力や代償運動が生じない範囲に負荷量を調整することができます。また、セラピストの介助量が、Slingを用いることで軽減するので、狙った運動、筋活動を評価しやすくなります。評価がしやすく、負荷量も細かく調整ができるため、常に患者の身体機能に合わせた最適な負荷量で運動療法がおこなえます。細かな運動指示の理解が難しかった本症例に対しては、特に有効である可能性が考えられ、interventionにslingを用いた運動療法を設定しました。Comparisonは一般的な運動療法(ブリッジ運動やパピー運動などのマットExerciseや起立練習、歩行練習)、Outcomeはバランス能力、歩行能力の改善としました。

ステップ2.の解説: 検索文献

 検索エンジンにはPubMedを用いました。キーワードを「stroke」「balance」「sling」として検索した結果、9件がヒットしました。本症例のPICOに近く、重心動揺を指標にバランス能力の改善が示されていました(前後方向の速度: 12.4 ± 4.8mm/s→10.2 ± 3.0mm/s、内外方向の速度: 8.3 ± 4.1mm/s→ 6.3 ± 2.6mm/sなど)。slingを用いた運動療法は、当院での理学療法介入として実現可能な介入手段でしたので本論文を採用しました。

ステップ3.の解説:検索文献の批判的吟味

 対象の採用基準除外基準は明確に示され、介入群と対象群にランダムに割り付けられていました。盲検化[→盲検法(ブラインディング)を参照]や脱落者についての記載がなく、選択バイアスや情報バイアス[→バイアスを参照]が生じている可能性が考えられました。また、必要サンプルサイズの算出については記載がありませんでした。患者数は10名対8名であり、対象者数が少ないため、検出力が小さく、第Ⅱ種の過誤の影響も考えられました。統計解析では、2群それぞれに対し、対応のあるt-検定[→t検定(差の検定としての)を参照]が行われています。しかし、「Sling Exercise群/Control Exercise群」という要因と、「介入の前・後」という要因の2つの要因があるので、反復測定2元配置分散分析が解析方法として適していた可能性が考えられました。結果と考察との論理的整合性については、重心動揺に関しては改善を認めたが、BBSの改善は認めなかったため、部分的な整合性の欠落があると判断して、チェックを入れませんでした。
 ただし、χ2検定によるベースラインの比較により、2群間に有意差はなく類似性は保たれており、また、ランダム化比較対照試験あることから、片麻痺患者に対するSlingを用いた運動療法の効果を示す有用な論文であると考え、採用いたしました。

ステップ4.の解説:臨床適用の可能性

 本症例は当院回復期病棟に入院しており、採用論文と介入時期は異なります。しかし、本症例の身体機能は採用論文に近く、また、当院にはSlingを用いた運動療法が可能なRedcordがあり、介入は実現可能でした。Slingを用いた運動療法は、運動療法が適応の患者においては特別な禁忌事項やリスクファクターがなく、通常の筋力トレーニングを補助し、負荷を細かく調整できるものです。そのため、本症例や、主治医などのリハチームに説明した際も円滑に受け入れられ、同意を得た後に介入を実施しました。

ステップ5.の解説:適用結果の分析

 今回、Slingを用いた運動療法を脳卒中患者に適用したところ、バランス能力や歩行能力に改善を認めました。採用論文で使用しているGood Balance System (metitur LTD.)によるCOP(center of pressure)を評価したバランス能力の評価はできず、詳細な点について比較はできませんでした。また、採用論文と本症例では、同じ脳卒中患者とはいえ、介入時期が異なり、また、介入の頻度、期間も異なっていました。回復期における自然経過も踏まえると採用論文と同様にSlingを用いた運動療法の効果によって改善したと判断することは難しいかと考えます。しかし、Slingを用いた運動療法は、患者に有害事象[→イベントを参照]をあたえず、適切な負荷を患者本人も自覚しながら実施でき、その結果、バランス能力や、歩行能力の改善を認めました。そのため、本症例に対し、Slingを用いた運動療法を行ったことは有意義であったと考えます。

2020年05月01日掲載

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