COVID-19に関する情報(新興感染症の歴史)6

 

6-1 インフルエンザの歴史から今後の脅威について
 
 インフルエンザと思われる記述は「医学の父」ヒポクラテスの時代からあり、海外だけでなく国内でも古くから流行を繰り返している。季節性インフルエンザには、ほとんどの人がこれまでに曝露を受けており、基礎免疫をもっている。シーズンにより増減はあるものの、毎年おおむね人口の10~20%程度の罹患者の発生があり、また、感染し症状が出たとしても、多くの場合には何事も無く回復する。しかし、新型インフルエンザウイルスが出現し、流行した場合、そのウイルスには世界中の誰もがこれまで遭遇したことがなく、基礎免疫を持っている人はいない。そのために、世界中で莫大な数の罹患者の発生と、それに伴って重症者や死亡者の増加もみられることが予想される1)
 インフルエンザの基本的な項目を紹介しながら、今回インフルエンザの中で歴史上初めて科学的に検証可能となったスペイン風邪、最近の2009年新型インフルエンザ、今後ヒト-ヒト感染が懸念されるH5N1型鳥インフルエンザ(H7N9型も近年は増えている)について、それぞれの概要について記述した。
 スペイン風邪(1918-1919)、アジア風邪(1957-1958)、香港風邪(1968-1969)、2009年新型インフルエンザ(2009-2010年)とこれまで発生していなかったタイプのインフルエンザが流行した。それぞれ重症度は異なり、地域・時代において社会状況も異なるが、基本的な対策は季節性インフルエンザの延長で、個人・公衆衛生等の対策は共通している。スペイン風邪からワクチンや抗生物質の開発などの進歩もあるが、移動手段の発達により狭い地域で収まっていた感染症が多くの地域に広がりやすくなっている。時代背景や医療体制等整っていない地域も考慮に入れる上で、過去・現在の比較も今回行った。新型インフルエンザのワクチン開発や治療薬の製造には時間がかかる事から、個人衛生・標準予防策・隔離等、スペイン風邪やその後の流行の当時に取られた対策が、ワクチン・治療薬の開発までにできる予防策となる。ウイルス学的研究の結果によると、スペインインフルエンザウイルスは、鳥インフルエンザウイルスとヒトインフルエンザウイルスとの遺伝子組み換えを経ておらず、鳥インフルエンザウイルスが突然変異をおこして発生したと考えられている。これに対してアジアインフルエンザ、香港インフルエンザをおこしたウイルスでは、鳥のインフルエンザウイルスとヒトのインフルエンザウイルスの遺伝子が組み換えをおこしてできたものと考えられている(Nature誌 2005年10月6日号)1)。鳥インフルエンザは疾患についての紹介だけでなく、人への感染予防の多方面の取り組みについても紹介した。また現代では、国が中心となり社会全体で一体となって被害軽減と社会機能の維持に取り組み、国民生活・経済への影響を最小限度に止めるように動いていくので2)、医療・介護等の国民のインフラの中で働くことの多い理学療法士も、パンデミック時の対応について社会全体の動きを知ることも必要と考え、多様な取り組みや事象を出来る範囲で紹介した。現在、COVID-19の流行の最中ですが、今回取り上げた内容が、理学療法士としても今後も新たに発生するインフルエンザ等のパンデミックへの備えと、感染症の予防や統計的意味合い対して全般の知識を深める事で業務の参考となることを願う。
 
  1. インフルエンザ・パンデミックに関する Q&A(2006.12 改訂版) 国立感染症研究所 感染症情報センターhttp://idsc.nih.go.jp/disease/influenza/pandemic/pQA2006ver02.pdf
  2. 内閣官房 2009年のパンデミックから10年の歩み(前半)(後半)国立保健医療科学院 健康危機管理研究部 上席主任研究官 齋藤 智也https://www.cas.go.jp/jp/influenza/kako_14.html https://www.cas.go.jp/jp/influenza/kako_15.html(2020年5月9日閲覧)               
 
 


 

6-2 インフルエンザウイルスの特徴

インフルエンザウイルス

 RNAウイルスのため遺伝子に変異が起きやすい(天然痘ウイルス等はDNAウイルスで、非常に安定)1)2)。微妙に変化していくことで、以前の感染の際にできた抗体が効力を発揮できなくなる2)。新型ウイルスは,抗原性が大きく変化する不連続変異による分節組み替えの発生によって誕生する事が多い。由来となる遺伝子は、同時感染した宿主動物の細胞内でヒト、鳥、ブタ等のインフルエンザウイルスの遺伝子分節が再集合により組み合わさる事で誕生する。A型とB型のウイルス間での遺伝子再集合は、それぞれの遺伝子の持つ役割が異っており、ウイルスが機能不全になる成立せず、A型・B型とも各々の型同士での遺伝子再集合が発生する3)
 

A型インフルエンザウイルス

 ヒト、鳥類、ウマ、ブタなどに感染。水鳥に多くの亜型のインフルエンザウイルスがいる。ウイルスゲノムが8本のセグメントから成る他の野鳥、ブタなどにも感染し、遺伝子交雑が起きる。生息域が広く、変異が起きやすいため人に感染する新しい抗原を持ったウイルスが誕生しやすい(パンデミックを起こす可能性がある)2)3)
 

B型インフルエンザウイルス

 ヒトおよび一部のアザラシにしか感染を起こさない。B型は,A型ウイルスほど多様性を持たないので亜型による分類は行われていない(パンデミックは起きにくい)2)3)
 
 
1)佐藤 裕徳,横山勝  国立感染症研究所 病原体ゲノム解析研究センター 第二室   RNA ウイルスと変異  ウイルス 第55 巻 第2号,pp.221-230,2005
http://jsv.umin.jp/journal/v55-2pdf/virus55-2_221-230.pdf
2)清水則夫  東京医科歯科大学難治疾患研究所  ウイルス治療学インフルエンザってそんなに怖いの? http://www.tmd.ac.jp/mri/koushimi/shimin/shiryou012.pdf
3)新開 敬行 インフルエンザとインフルエンザウイルス:その特徴と東京都における対応  東京都健康安全研究センター年報 Ann. Rep. Tokyo Metr. Inst. Pub. Health, 66, 51-64, 2015 
http://www.tokyo-eiken.go.jp/files/archive/issue/kenkyunenpo/nenpou66/051-064.pdf
 


 

6-3 2009年新型インフルエンザの概要
 
項目 国内外 内容 出典  
流行時期 国内 2009年8月19日1)~2010年3月26日2) 1)厚労省第1回新型インフルエンザ(A/H1N1)対策総括会議 資料1
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/dl/infu100331-02.pdf
2)厚労省報道発表資料 新型インフルエンザ(A/H1N1)に係る対策の見直しについてhttps://www.mhlw.go.jp/kinkyu/kenkou/influenza/houdou/2010/03/dl/infuh0326-06.pdf
 
海外 2009年6月12日1)~2010年8月10日2) 1)厚労省第6回新型インフルエンザ(A/H1N1)対策総括会議 資料2
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/dl/infu100528-02.pdf
2)WHO H1N1 in post-pandemic period
https://www.who.int/mediacentre/news/statements/2010/h1n1_vpc_20100810/en/
 
 
感染経路 国内 飛沫・接触感染 厚労省 新型インフルエンザ(A/H1N1)対策関連情報
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/inful_nyumon.html(2020年5月5日閲覧)
 
海外  
主な流行地域 214の国と地域で感染を確認 厚労省第6回新型インフルエンザ(A/H1N1)対策総括会議 資料2
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/dl/infu100528-02.pdf
 
主な臨床症状 ・突然の高熱、咳、咽頭痛、倦怠感に加えて、鼻汁・鼻閉、頭痛等であり季節性インフルエンザと類似。季節性インフルエンザに比べて、下痢などの消化器症状が多い可能性が指摘される。1)

・発生当初の患者のうち入院例は10%と報告された(アメリカ、カナダ、チリ)。2)

・日本での重症化例は入院患者の約10%。日本においては重症化例は高齢者に多く受診者100人当たり0.08人未満。3)

・重症化リスクに基礎疾患・妊婦であること4)
重症化例の50-80%が基礎疾患を有し、妊婦は妊娠が進むにつれて重症化リスクは高くなる。
*日本では妊婦の重症化率は低かった3)5)

・重症化によるほとんどの死亡は重症ウイルス性肺炎による腎不全、 多臓器不全、低血圧、低血圧ショック。4)
1)厚労省 新型インフルエンザ(A/H1N1)対策関連情報
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/inful_nyumon.html(2020年5月5日閲覧)
2)一般社団法人 日本病院会資料 国立感染症研究所感染症情報センター岡部信彦
https://hospital.or.jp/pdf/11_20090925_01.pdf
3)厚労省第1回新型インフルエンザ(A/H1N1)対策総括会議 資料1
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/dl/infu100331-02.pdf
4)厚労省第6回新型インフルエンザ(A/H1N1)対策総括会議 資料2
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/dl/infu100528-02.pdf
5)厚生労働省 新型インフルエンザの診療に関する研修 国立感染症研究所感染症情報センター岡部信彦
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou01/pdf/kouen-kensyuukai_03.pdf
 
 
 
 
 
 
 
 
終息までに
要した期間
国内 11カ月1)2) 1)厚労省報道発表資料 5月8日NW25便 新型インフルエンザが疑われる患者の発生について(第4報)https://www.mhlw.go.jp/kinkyu/kenkou/influenza/houdou/2009/05/dl/infulh0509-08.pdf
2)厚労省報道発表資料 新型インフルエンザ(A/H1N1)に係る対策の見直しについてhttps://www.mhlw.go.jp/kinkyu/kenkou/influenza/houdou/2010/03/dl/infuh0326-06.pdf
 
海外 1年5カ月1)2) 1)厚労省第6回新型インフルエンザ(A/H1N1)対策総括会議 資料2
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/dl/infu100528-02.pdf
2)WHO H1N1 in post-pandemic period
https://www.who.int/mediacentre/news/statements/2010/h1n1_vpc_20100810/en/
 
死亡率 国内 ・致死率 0.001%(2009年8月15日~2010年3月23日)
 =死者数198人/推定患者数2068万
・死者数 198人(2009年8月15日~2010年3月23日)
・人口10万人対死亡率 (2009年8月15日~2010年3月23日)
 0.15人
 *0-4歳の0.32人が年齢別では最も高い
・年齢別致死率(2009年8月3日~2010年3月16日)
 日本では高齢者になるほど高く70代以上で、推定受診者100人当たり0.03人
・年代別死亡者数(2009年8月3日~2010年3月16日)
 季節性インフルエンザは10歳未満と高齢者に分布が多く
   みられるが、新型インフルエンザは全年代にわたって
   分布している特徴がある。
厚労省第1回新型インフルエンザ(A/H1N1)対策総括会議 資料1
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/dl/infu100331-02.pdf
 
 
 
 
 
 
 
海外 ・18449人以上1)*1
 (WHO報告死者数 2009年4月24日~2010年8月6日)
・約28万4千人2)*1
 (CDC推計世界全体死者数 2009年4月~2010年8月)
・致死率(2009年4月~5月)3)*2
 発生初期に以下の致死率の報告があった。
 アメリカ0.4%以下 メキシコ1.5%以下
 チリ0.1% アルゼンチン1.5%以下
・人口10万人対死亡率4)*1
 アメリカ 3.96人   カナダ 1.32人  メキシコ 1.05人  
 オーストラリア 0.95人  イギリス 0.76人  
 シンガポール 0.57人  韓国 0.53人  フランス0.51人
 ニュージーランド 0.46人  タイ0.35人  ドイツ0.31人
 *国により集計日が2010年2月13日~5月18日と違いがある
・死亡率が最も高い年代は50 –60 才5)

*1
感染者数が不明な部分もあり致死率の算出は今回実施しなかった。
*2
初期の報告の致死率は高い数値が報告されていたが,致死率計算の母数となる感染者数が過少に報告されていること,また,医療水準も関与していると解釈されるようになった。6)
1)WHO Pandemic (H1N1) 2009 - update 112
https://www.who.int/csr/don/2010_08_06/en/(2020年5月5日閲覧)
2)ミネソタ大学感染症研究政策センター
https://www.cidrap.umn.edu/news-perspective/2012/06/cdc-estimate-global-h1n1-pandemic-deaths-284000(2020年5月5日閲覧)
3)一般社団法人 日本病院会資料 国立感染症研究所感染症情報センター岡部信彦
https://hospital.or.jp/pdf/11_20090925_01.pdf
4)厚労省 第6回新型インフルエンザ(A/H1N1)対策総括会議資料 参考資料1
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/dl/infu100528-05.pdf
5)厚労省第6回新型インフルエンザ(A/H1N1)対策総括会議 資料2
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/dl/infu100528-02.pdf
6)上田博三 新型インフルエンザ対策の経緯 2010年 3 月15日 第57巻 日本公衛誌 第 3 号 157
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jph/57/3/57_157/_pdf/-char/ja
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
感染者数 国内 ・推定罹患率 19.4% (2009年5月16日~2010年3月21日)  
 =推計患者数約2068万人/(日本国総人口×0.83年)
 *2009年7月24日時点で感染者数の全数把握中止2)

・年齢別割合(2009年6月30日~2010年3月21日)1)
 0-9歳 36%  10-19歳 37% 20-29歳 11%
 30-39歳 7%  40-49歳 5% 5 0-59歳 2%
 60-69歳 1%  70歳- 1%

・高齢者の割合が少ないのは60歳以上に抗体があったとの報告もある。3)
1)厚労省第1回新型インフルエンザ(A/H1N1)対策総括会議 資料1
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/dl/infu100331-02.pdf
2)厚労省第7回新型インフルエンザ(A/H1N1)対策総括会議 参考資料
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/dl/infu100608-03.pdf
3)国立感染症研究所CDC更新情報 季節性インフルエンザワクチン接種後の新型インフルエンザA(H1N1)
ウイルスに対する血清交差抗体の反応http://idsc.nih.go.jp/disease/swine_influenza/2009cdc/MMWR09_May22.html(2020年5月5日閲覧)
 
 
 
 
 
海外 ・622,482人超(推計感染者数 2009年4月27日~2009年11月27日)1)
 *2009年12月以降は感染者数の統計をWHOは中止。
 *南北アメリカは2009年11月13日時点で感染者数の統計を中止。

・罹患率が最も高いのは10代後半~若年成人2)
1)WHO Situation updates - Pandemic (H1N1) 2009
https://www.who.int/csr/disease/swineflu/updates/en/(2020年5月5日閲覧)
2)厚労省第6回新型インフルエンザ(A/H1N1)対策総括会議 資料2
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/dl/infu100528-02.pdf
 
 
主な対策
(現在行われている
予防策も含む)
国内 対策の概要1)
1 水際対策による時間稼ぎ(2009年4-6月)
2 地域での感染拡大防止による時間稼ぎ(2009年5-6月)
3 医療体制の整備(2009年5月から)
4 ワクチン供給(2009年7月から)
5 啓発・普及(2009年4月から)

個人対策・環境整備・感染管理による公衆衛生の普及・啓蒙から、検疫強化・ワクチン製造・接種計画・薬品備蓄・検査・医療体制整備、受診の際の注意点を踏まえて全医療機関での診察等、取り組んだ。またハイリスク群への注意喚起も行った。外出・イベント等の自粛要請は行われなかった。1)

学級閉鎖は感染割合が19歳以下に多いことから有効であったが、社会・経済コスト(保護者の欠勤等)の負担が大きかった。2)
1)厚労省第7回新型インフルエンザ(A/H1N1)対策総括会議 参考資料
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/dl/infu100608-03.pdf
2)厚労省第6回新型インフルエンザ(A/H1N1)対策総括会議 資料2
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/dl/infu100528-02.pdf
 
 
 
 
 
 
 
海外 WHOの対応
1 感染の広がりと活動状況の監視
2 科学情報の収集とガイダンス作成
3 加盟国への指導・支援
4 ワクチンの確保
5 抗インフルエンザ薬の確保

学級閉鎖は各国でも行われた。効果のあった報告が多い一方、学級閉鎖は2週間以内の期間では効果が見られないとの報告もある。
厚労省第6回新型インフルエンザ(A/H1N1)対策総括会議 資料2
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/dl/infu100528-02.pdf
 
 
 
 
 
発生から終息までの経緯の要約 国内 2009年4月末時点でアメリカからもたらされた豚由来A型インフルエンザのヒト-ヒト感染の情報から対策を講じる。以後、随時もたらされる疫学情報を元に政府は対策を立てていく。5月8日にカナダから帰国した3名が成田空港検疫にて感染が確認される。5月16日に大阪・兵庫にて最初の国内発生が確認される。8月15日国内初の死者の確認。8月19日流行入り宣言。1)
例年よりも4-5カ月早い流行となったが、流行のピークは季節性インフルエンザを下回った。流行期間が長く患者総数は季節性インフルエンザを上回った。2010年4月1日、行政用語としての「新型インフルエンザ」は解消され、季節性インフルエンザへ移行することが厚生労働大臣より宣言された。2)
2010年3月31日から6月10日まで厚生労働省にて「新型インフルエンザ(A/H1N1)対策総括会議」が開かれ、感染者数と死者数の把握、検疫・公衆衛生・ワクチン・医療体制・広報等の施策全般について振り返り総括されている。3)
1)厚労省第1回新型インフルエンザ(A/H1N1)対策総括会議 資料1
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/dl/infu100331-02.pdf
2)厚生労働省 新型インフルエンザの診療に関する研修 国立感染症研究所感染症情報センター岡部信彦
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou01/pdf/kouen-kensyuukai_03.pdf
3)新型インフルエンザ(A/H1N1)対策総括会議 資料全般
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/info_local.html#section04(2020年5月5日閲覧)
 
 
 
 
 
 
 
海外 2009年4月12日メキシコでの原因不明の呼吸器感染症集団発生がWHOに報告される。4月15・17日: アメリカ・カリフォルニア州子ども二人から新型インフルエンザウイルスが確認される。4月23日メキシコでも新型インフルエンザ患者を確認。4月24日WHO 国際保健規約に基づき国際緊急事態を宣言。4月27日WHO 人-人感染が容易に起こり、感染が拡大するとして「フェーズ4」宣言。4月29日WHO 2カ国以上で感染が拡大、「フェーズ5」宣言。6月11日WHO の複数の地域に感染が拡大、パンデミックは不可避として「フェーズ6」宣言。わずか9週間で全てのWHO地域に感染が拡大。1)
2010年8月10日にWHOはポスト・パンデミックへフェーズを引き下げ世界的流行は終息したと宣言。2)
経過で多くの国は感染者数を報告しなくなり(特に入院を要さない軽症例)、そのためWHOは以下の4つの指標で世界の状況を監視した。①地理的拡大②呼吸器疾患の活動性状況(前週比)③急性呼吸器疾患の活動性強度④健康機関への負担。1)2010年8月6日時点では18449人以上の死者が確認される。3)
2012年CDCはWHOが公表した死者の約15倍となる28万4千人が死亡したと推計されると発表した。WHOの数値は検査で確認された例のみとなるが、発展途上国では検査を受けないまま肺炎などで亡くなった患者も多く、こうした死者の推計値を加えた。推計の期間は2009年4月から2010年8月。若い人の死亡が多いのが特徴で、死者の80%は65歳未満。地域別では東南アジアとアフリカで計59%となった。4)
1)厚労省第6回新型インフルエンザ(A/H1N1)対策総括会議 資料2
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/dl/infu100528-02.pdf
2)WHO H1N1 in post-pandemic period
https://www.who.int/mediacentre/news/statements/2010/h1n1_vpc_20100810/en/(2020年5月5日閲覧)
3)WHO Pandemic (H1N1) 2009 - update 112
https://www.who.int/csr/don/2010_08_06/en/(2020年5月5日閲覧)
4)ミネソタ大学感染症研究政策センター
https://www.cidrap.umn.edu/news-perspective/2012/06/cdc-estimate-global-h1n1-pandemic-deaths-284000(2020年5月5日閲覧)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
成果と課題 ・以前まで対策は、公衆衛生分野の対策が中心であったが、パンデミックに対する社会全体への影響を考え、国家全体の問題として考える、という視点で論議がなされ、2007年には政府全体を巻き込んだ体制が作られ始めていた中で2009年の新型インフルエンザ流行を迎えることになった。
・2009年当時、強毒性のインフルエンザH5N1ウイルスが、新型インフルエンザが流行することが想定されてたが、2009年に発生した「新型ウイルス」は、H5N1ウイルスではなく、H1N1ウイルスで、ヒトに対する毒性が季節性インフルエンザと変わらなかった。行動計画により強毒性で想定したままの対策が行われることになり、今後は対策に柔軟性を持たせるようにした。
・2012年新型インフルエンザ等対策特別措置法が成立し、国による外出・休業・施設の使用制限等の要請が行えるようになった。またワクチン接種の枠組みも定められた。
・学校等の臨時休業や、事業自粛、集会やイベントの自粛要請等には、感染者の保護者や従業員が欠勤を余儀なくされるなどの社会的・経済的影響が伴うため、対策の是非や事業者によるBCP(事業継続計画)の策定を含めた運用方法を検討し、また、実施に際しては社会的・経済的影響について理解が得られるように更なる周知が必要であるとされた。
・正確な情報を提供することが重要。通信手段の発達により情報が海外からも入り、事前の対策など立てやすくなったが、経過の中で知りたい情報(致死率、注意喚起が必要な群等)を早く出せるようにしていくことが正しい対策と冷静な対応につながる。

内閣官房 2009年のパンデミックから10年の歩み(前半)(後半)国立保健医療科学院 健康危機管理研究部 上席主任研究官 齋藤 智也
https://www.cas.go.jp/jp/influenza/kako_14.html
https://www.cas.go.jp/jp/influenza/kako_15.html
内閣官房 2009年新型インフルエンザ流行の経験から学ぶこと  大阪府こころの健康総合センター 所長  元 大阪府健康医療部長  笹井 康典
https://www.cas.go.jp/jp/influenza/kako_08.html
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 


 

6-4 季節性インフルエンザおよび過去のパンデミックとの比較
(参考 インフルエンザ統計方法について)  

・季節性インフルエンザと過去のパンデミックとの比較
  推定死者数 推定致死率 推計世界人口
季節性インフルエンザ 25~50万人 0.1%以下 77億人
(2019年)
スペイン風邪
(1918)
2000万-5000万人 2-3% 18~20億人
アジア風邪
(1957)
100万-400万人 0.2%以下 28億人
香港風邪
(1968)
100万-400万人 0.2%以下 36億人
2009年新型インフルエンザ 10万-40万人 0.02%以下 68億人
推定死者数・推定致死率は、Pandemic Influenza RiskManagement WHO InterimGuidance,2013参照  
 
・パンデミックでの経過の注意点
感染が広がると経過では正確な感染者数や死者数の把握は困難となる。経過報告で高い致死率が報告されることもある。そういった報告は正確ではないと思われるため、正確な数値を推計で算出する方法がとられる1)。そのため推計方法は様々で各種資料により違いも見られる。統計数値を確認する際に、どのような方法で行われたのか、また用語として人口対死亡率・致死率・罹患率等の意味を理解することが、どのような感染症であるのか知るために必要である。例えば、大きい集団で罹患率が高い場合には、致死率のわずかな違いでも大きく数値は変動する。
 
参考
季節性インフルエンザでも現実的に全患者の把握は難しいので以下の方法が行われる。
① 国内インフルエンザ患者数の推計方法2)
(定点医療機関からのインフルエンザ報告数/定点医療機関の施設数)
×全医療機関の施設数  (2017-2018年まで)
(定点医療機関からのインフルエンザ報告数/定点医療機関の外来患者延数)
×全医療機関の外来患者延数 (2018-2019年以降)
 *定点医療機関:約5000   *全医療機関:約68000 
② 死亡超過3)
インフルエンザによる死亡数を把握することは困難であるため、非流行時の場合に発生すると考えられる死亡であるベースラインと、実際の死亡の乖離の幅を確率変数として定義して推定する方法。国立感染症研究所感染症情報センターが1998/99シーズンより、インフルエンザの流行規模の指標として死亡超過の評価を導入した。
 
 
1)砂川 富正 国立感染症研究所感染症情報センター  今回のパンデミックの疫学状況のまとめ(感染性、臨床的特徴)  
http://idsc.nih.go.jp/disease/swine_influenza/webcast/pdf/4.pdf
2)厚生労働省 季節性インフルエンザり患者数の推計方法等の変更について 健康局結核感染症課新型インフルエンザ対策推進室参照
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/siryou3_4.pdf
3)国立感染症研究所 感染症情報センター 
http://idsc.nih.go.jp/disease/influenza/inf-rpd/00abst.html(2020年5月13日閲覧)
 


 

6-5 鳥インフルエンザの概要
 
項目 国内外 内容 出典  
流行時期 国内 2004年1月12日〜7月12 国立感染症研究所
鳥インフルエンザのOIE状況レポート
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ful/yusikisyakaigi/dai3/toujitu.pdf
 
海外 1987年 香港
2003年から2017年
WHO
https://www.who.int/influenza/human_animal_interface/H5N1_cumulative_table_archives/en/
 
感染経路 国内 ヒトへの感染はなし    
海外 鳥インフルエンザウイルスに感染した鳥の体液、排泄物などを吸い込んだり、触れることによって感染(飛沫感染・接触感染)。

 鳥インフルエンザにかかったヒトからヒトへの感染は大変だが、インドネシア・ベトナムなどで、鳥インフルエンザ A(H5N1)に感染した子供を看病した家族など、遺伝形質が近縁な親族内での感染例が報告されている。
東京都感染症情報センター . 鳥インフルエンザ
http://idsc.tokyo-eiken.go.jp/diseases/avianflu/#HITO
 
 
 
主な流行地域 ヒトへの感染は、アジア、中東、アフリカを中心に17カ国確認されている。
アジア(中国、カンボジア、インドネシア、ラオス、ミャンマー、タイ、ベトナム)、北米(カナダ)、中央アジア、中東(アゼルバイジャン、イラク、トルコ、パキスタン、バングラディシュ)、アフリカ(エジプト、ジブチ、ナイジェリア)
 WHO
https://www.who.int/influenza/human_animal_interface/H5N1_cumulative_table_archives/en/
 
 
 
主な臨床症状 国内 潜伏期間は2〜8日
初期症状の多くが、高熱と急性呼吸器症状を主とするインフルエンザ様疾患の症状を呈する。下気道症状は早期に発現し、呼吸窮迫、頻呼吸、呼吸時の異常音がよく認められ、臨床的に明らかな肺炎が多く見られる。
 
 呼吸不全が進行した例ではびまん性のスリガラス様陰影が両肺に認められ、急性窮迫性呼吸症候群(ARDS)の臨床症状を呈する。
 
 死亡例は発症から平均9~10日(範囲6~30日)目に発生し、進行性の呼吸不全による死亡が多く見られる
厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000144523.html
 
 
 
海外  
 
 
終息までに要した期間 国内 なし    
海外 なし
毎年数件の発症例が確認されること、H5亜型のインフルエンザとしてパンデミックの可能性があるため。
WHO
https://www.who.int/influenza/human_animal_interface/H5N1_cumulative_table_archives/en/
 
 
死亡率 国内 0%    
海外 致死率(2003年〜2019年)
死亡症例数 455人/ 感染者数 861 = 53%

国別致死率
インドネシア2006年(年間最多感染者数)
死亡症例 45人/ 感染者数 55人 = 82%
ベトナム2005年
死亡症例数 19人/ 感染者数 61人 = 31%
エジプト 2015年
死亡症例数 39人/ 感染者数 161人= 24%
1) WHO
https://www.who.int/influenza/human_animal_interface/H5N1_cumulative_table_archives/en/
2) 東京都感染症情報センター  WHOに報告されたヒトの鳥インフルエンザA(H5N1)感染確定症例
http://idsc.tokyo-eiken.go.jp/diseases/avianflu/cases-s/
 
 
 
 
 
 
感染者数 国内 0人    
海外 861人(17か国、2003年〜2019年7月23日)1)

想定罹患率(総感染者数最多上位3か国)2)
インドネシア2006年(年間最多感染者数)
感染者数 55人/ 国民人口2.3億人 = 2.4 ×10−7
ベトナム2005年
感染者数 61人/ 国民人口8400万人 = 7.3 × 10−7
エジプト 2015年
感染者数 161人/ 国民人口 9000万人 =15.1×10−7

感染者の平均年齢は21.7歳, 中央値は20.0歳。症例の年齢は1歳未満から81歳まで分布。
感染者全体のうち0−9歳は28%、10−19歳は24%、20−29歳は25%を占めている。国ごとの年齢分布を用いた年齢特異的罹患率の分析でもこの傾向は変わらなかった。3)
1) WHO
https://www.who.int/influenza/human_animal_interface/H5N1_cumulative_table_archives/en/
2) 東京都感染症情報センター  WHOに報告されたヒトの鳥インフルエンザA(H5N1)感染確定症例
http://idsc.tokyo-eiken.go.jp/diseases/avianflu/cases-s/
3) WHOが確認した鳥インフルエンザA(H5N1) ヒト感染症例、2003年11月〜2008年5月
http://idsc.nih.go.jp/disease/avian_influenza/WER8346j.pdf
 
 
 
 
 
 
 
発生原因と
主な対策
(現在行われている予防策も含む)
国内 【発症予防】1)
鳥との接触を避け、むやみに触らない。
生きた鳥が売られている市場や養鶏場にむやみに近寄らない。
手洗いの励行(特に発生国渡航時は徹底してください)

医療従事者は空気予防策・飛沫予防策・接触予防策のすべてを講じる。また、医療従事者が十分な感染防御策をとらずに患者と接触した場合には、オセルタミビルやザナミビルを予防投与する。2)

京都府における鳥インフルエンザ事例
2004(平成16)年2月26日夕刻に京都府園部保健所に寄せられた匿名電話により、高病原性鳥インフルエンザの発生が発覚した。3月3日には、近辺の養鶏場でも高病原性鳥インフルエンザの発生が確認されるなど、想定を超える事態となったが、延べ約15,000人を動員して、約24万羽の鶏と鶏糞・鶏卵・飼料等を処分し、3月22日にすべての防疫対策を終了した。3)
1) 厚生労働省 鳥インフルエンザH5N1について
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000144523.html
2)一般社団法人 日本感染症学会 鳥インフルエンザA(H5N1) 感染症
https://www.kansensho.or.jp/ref/d46.html
3) IASR Vol.25 N011 (No.297) 京都府で発生した高病原性鳥インフルエンザ事例の概要
https://www.niid.go.jp/niid/ja/flu-m/flu-iasrtpc/821-iasr-297.html
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
発生原因と
主な対策
(現在行われている予防策も含む)
海外 【発生原因と考えられる地域別の生活様式の違い】
2004年に鳥インフルエンザが流行したベトナム、タイ、インドネシアなどの東南アジアや中国では、生きた鶏が市場で売買されており、自宅で処理し調理されている。そのため、感染した鶏の体液から感染するリスクが高いと思われる。3)
また、イスラム教徒が多い国では食用の肉として牛や豚より宗教上忌避がなく安価な鶏が好まれる傾向がある。
【新型インフルエンザ対策の基準1)
・フェーズⅠ
鳥の間にインフルエンザウイルス感染が起き、感染範囲が小さく、人に対する感染リスクがまだ低い段階。
・フェーズⅡ
鳥の間にインフルエンザウイルスの感染が拡大し、広範囲において、鳥インフルエンザが流行し、人に対する感染リスクが高くなっている段階である。
・フェーズⅢ
鳥インフルエンザウイルスが鳥から人へと感染がうつる段階。
フェーズⅣ
既に新型インフルエンザウイルスが発生し、一定の範囲において人の間に流行。
・フェーズⅤ
新型インフルエンザウイルスが広範囲で流行している段階。
・フェーズⅥ
新型インフルエンザが世界的大流行を引き起こしている段階。

【発生した場合の対策】
東アジア地域における対応として、鳥への感染拡大防止策として殺処分やワクチンの接種などが挙げられている。感染確認当初、殺処分よりワクチン接種を推奨していたインドネシアやベトナムはヒトへの感染拡大を受け殺処分を早急に行った。また、早期から感染地域の封鎖、殺処分、消毒などを行った中国やタイは比較的ヒトへの感染拡大を抑えている。2)

【トリーヒト感染対策としてのワクチン】
鳥インフルエンザ予防のためのヒトに対するワクチンは現在ありません。しかし季節的に流行するインフルエンザと鳥インフルエンザに同時に感染すると、新型インフルエンザの発生につながる可能性があることから、通常のインフルエンザの予防接種を受けておくことは大切です。4) ただし、プレパンデミックワクチンとして4種類の異なる製造株のワクチンを1000万人用ずつ備蓄されている。5)
1) JICA 鳥インフルエンザ- 鳥インフルエンザと人新型インフルエンザ-
https://www.jica.go.jp/jica-ri/IFIC_and_JBICI-Studies/jica-ri/publication/archives/jica/country/2006/pdf/SEasia02_10.pdf

2) 各国の鳥インフルエンザ対策ー東アジア地域を中心として−.国立国会図書館 ISSUE BRIEF No521(MAR. 13. 2006)
https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_1000668_po_0521.pdf?contentNo=1

3) 鳥インフルエンザA(H7N9)感染症 国立感染症研究所 田代眞人
https://www.niid.go.jp/niid/images/idsc/kikikanri/H25/20131016-03.pdf

4) 東京都感染症情報センター  鳥インフルエンザ; 3 鳥インフルエンザ(ヒト)の予防のポイント
http://idsc.tokyo-eiken.go.jp/diseases/avianflu/

5)国立感染症研究所 新型インフルエンザ対策におけるプレパンデミックワクチン備蓄方針の変更について
https://www.niid.go.jp/niid/ja/typhi-m/iasr-reference/2436-related-articles/related-articles-465/8431-465r08.html
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
発生から終息までの経緯の要約 国内 山口県での高病原性鳥インフルエンザ事例の概要、および京都府で発生した高病原性鳥インフルエンザ事例の概要 IASR Vol.25 N011 (No.297)
https://www.niid.go.jp/niid/ja/flu-m/flu-iasrtpc/821-iasr-297.html
 
海外 免疫付与の対象となる特定群1)

1.鳥インフルエンザ(H5N1)に感染した、また感染が疑われる、家禽あるいは家禽農場に接触が予測されるすべての人々。
(a)家禽の処分にかかわる処理業者
(b)H5N1が報告されたか、疑われているか、あるいは家禽処分が実施された家禽農場に、居住し働いている人々。
2.既知の、あるいは確定したインフルエンザH5N1のヒト症例の毎日の診療にかかわる医療従事者。
3.ワクチンの十分な供給を前提として、鳥の間でインフルエンザH5N1の発生が確認されている地域の、救急救命施設の勤務者。

【発生した経緯】
 鳥インフルエンザは基本的に鳥が感染するインフルエンザで今まで香港のH9N2型、オランダのH7N7型などが報告されている。これらは病原性の低い弱毒タイプであるが、鳥の体内で感染を繰り返すうちに強毒性を獲得すると言われている。その中で特に毒性が強いとされているのがH5N1の高病原性鳥インフルエンザである。2)
H5N1のウイルスが人へ感染した国は途上国が多く、鳥の処理において衛生的な管理が不十分であった可能性がある。そのため、 H5N1ウイルスに感染した鳥の体液や内臓、糞便との接触により感染したと考えられる。3)
【H7N9の発生】
H7N9 ウイルスは、H5N1 ウイルスと比べて病原性は低く、健康と言われる鳥からも検出されます。H5N1ウイルスは感染した鳥が100%発症するため、殺傷処分により感染拡大を防ぐことができるが、 H7N9ウイルスではそれが困難だと言えます。4)
【ウイルスの観察方法】
ウイルスの疫学的観察の結果から、血清学的調査、環境調査、リスク要因や曝露に関した更に詳しい症例対照研究などの結果を補足していく必要がある。また、生きた家禽などが売られている市場への調査も必要である。5)
【今後の懸念】
H5N1 ウイルスが遺伝子変異(人の体内で鳥インフルエンザとヒト型インフルエンザが遺伝子交雑し)でヒト型に変化すると、強毒性の新型インフルエンザとして大流行し、甚大な健康被害と社会的影響をもたらす最悪のシナリオとなる可能性が高い。
何れにしても、強毒型 H5N1 新型インフルエンザによる大流行が起こるリスクは予想以上に高いことが示され、最悪のシナリオを想定して、準備計画の再検討と前倒し実施を急ぐべきである。6)
1) 国立感染症研究所 疾患別情報,鳥インフルエンザ. H5N1感染のリスクがある個人に対する今季の人インフルエンザのワクチンの適用に関する指針(2004/1/30 WHO)
http://idsc.nih.go.jp/disease/avian_influenza/17GL.html

2) 各国の鳥インフルエンザ対策ー東アジア地域を中心として−.国立国会図書館 ISSUE BRIEF No521(MAR. 13. 2006)
https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_1000668_po_0521.pdf?contentNo=1

3) 公益社団法人 東京都獣医師会 病原体による分類;ウイルス感染症, 鳥インフルエンザ
https://www.tvma.or.jp/activities/guidance/infections/avianInfluenza/

4) 日本感染症学会提言「鳥インフルエンザA (H7N9)への対応」
http://www.kansensho.or.jp/modules/guidelines/index.php?content_id=23

5) WHOが確認した鳥インフルエンザA(H5N1) ヒト感染症例、2003年11月〜2008年5月
http://idsc.nih.go.jp/disease/avian_influenza/WER8346j.pdf

6) 新型インフルエンザ事前準備・緊急対応体制の再構築(概要)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ful/yusikisyakaigi/dai3/toujitu.pdf
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


 

6-6 インフルエンザ流行の変遷と鳥インフルエンザウイルスの研究
 
 1918年にスペイン風邪を引き起こしたA/H1N1ウイルスは、1957年にアジア風邪を引き起こしたA/H2N2ウイルスに取って代わられるまで、季節性インフルエンザウイルスとして流行を繰り返した。
 1968年、A/H3N2ウイルスによる香港風邪が流行し、A/H2N2ウイルスは姿を消した。A/H3N2ウイルスは、現在まで季節性インフルエンザウイルスとして毎冬の流行を繰り返している。
 1977年にはスペイン風邪由来のA/H1N1ウイルスが再び登場し、ソ連風邪の流行を起こした。ソ連風邪は、その後、季節性インフルエンザウイルスとして存続したが、2009年新型インフルエンザの原因となったブタ由来インフルエンザウイルス(A/H1N1pdm)の出現によって姿を消した。パンデミックの後、A/H1N1pdmは季節性インフルエンザウイルスとして続いている。
 今後、免疫を持たないタイプのウイルス発生が懸念されている。渡り鳥がウイルスの運び屋と考えられ、それらがヒト-ヒト間での感染に変異する可能性があるのかなど研究が行われている。
 
 
引用文献)内閣官房 鳥インフルエンザA(H5N1)ウイルス  東京大学医科学研究所 
感染・免疫部門 ウイルス感染分野  渡辺 登喜子  河岡 義裕
https://www.cas.go.jp/jp/influenza/kako_11.html(2020年5月16日閲覧)
 


 

6-7 鳥インフルエンザの脅威とその対策の成果
 
  • 鳥インフルエンザが今後の脅威となる理由
 H5N1型ウイルスは、季節性インフルエンザと比べてウイルス性肺炎を頻発することや、上部気道よりも気道の深部からの方がウイルスの分離率が高いことが臨床的に知られている。これは、H5N1型ウイルスが上部気道では増殖することができず、ヒトからヒトへ伝搬は起こりにくいことを説明している。しかし、鳥との濃厚接触など、何らかの原因により、一度に多量のウイルスが呼吸器深部(肺)まではいりこむと、H5N1ウイルスの感染が成立し、肺炎を起こすと考えられる。今後、H5N1型ウイルスの遺伝子変異によりヒトの上部気道においても増殖が可能になることは、2006年にアゼルバイジャンやイラクにおけるヒトから分離されたH5N1型ウイルスのアミノ酸変異が見つかったことにより高まったとされている。これらのウイルス変異を調査・観察することがパンデミックウイルスの出現を監視する上で重要である1)
  
  • 今までの鳥インフルエンザの流行から得られた教訓は
 国内で4例確認された養鶏場でのH5N1型鳥インフルエンザへの対応として、迅速な情報共有と市町村・自衛隊などによる殺傷処分や消毒などの防疫措置により感染拡大を予防した点が挙げられる。
 平成16年に山口県での鳥インフルエンザの発生を受け、毎年、県域団体等関係者を収集した防疫会議や各家保での防疫演習を実施する等、万一に備えた体制を構築していた。このことが突然発生した鳥インフルエンザに対して、迅速な対応を可能にしたものと考えられている。また、感染経路として野鳥やネズミ等の野生動物が養鶏場での鳥インフルエンザに関与している可能性が高いと言われている中、少しでもリスクを低減させる方策を着実に実施することが肝心である2)
 
  • 世界が近くなることで感染症リスクは高まるか
 鳥インフルエンザに関しては、人の移動より野鳥や渡り鳥などの野生動物が越冬地域の環境変化などにより移動する場所が変化していくことが感染経路の特定を困難なものにするのではないかと考えられている。今後も引き続き野生鳥類の行動観察と家禽類の艦船防護対策は継続して十分に実施していく必要がある3)4)
 
 
1) H5N1鳥インフルエンザウイルスはヒトで流行するのか. 渡辺登喜子  
https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/102/10/102_2705/_pdf/-char/ja
2) 宮崎県における高病原性鳥インフルエンザの発生と防疫
https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010750302.pdf
3) 2016年度の野鳥における高病原性鳥インフルエンザウイルス感染の発生状況
https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010920031.pdf
4) H5N1亜型高病原性鳥インフルエンザと野生鳥類
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jve/15/1/15_1_45/_pdf/-char/ja
 


 

6-8 多方面での新型インフルエンザ発生予防の対策
(H5N1型鳥インフルエンザ・H7N5型鳥インフルエンザ)
 
 厚生労働省関係だけでなく、幅広い機関が鳥インフルエンザの発生と防止に関わっており、相互に連携が必要とされている。
 
【農林水産省 感染経路の防止策1)】 
 どのような経路で渡り鳥等の野鳥から家禽類へウイルスが感染するのか分かっていないが、何らかの媒介生物(小型の野鳥、ネズミ類等)がウイルスの拡散に関与していると推測され、リスクが高いと予測された付近の養鶏場は屋外からの媒介生物の侵入防止策を含む防疫対策を徹底する必要がある。
 
① 人・物・車両によるウイルスの持ち込み防止
 ・衛生管理区域、家禽舎への出入りの際の洗浄・消毒の徹底
 ・衛生管理区域専用の衣服、靴、家禽舎ごとの専用の靴の使用
 ・上記措置の記録
② 野生動物対策
 ・防鳥ネットの設置・修繕、壁の破損・隙間の修繕
 ・家禽舎周囲の清掃、整理・整頓
 ・上記措置の定期点検
特に近くに水辺がある農場は、この予防対策に加えて、季節に限り水を抜く、野鳥を寄せ付けないよう忌避テープを張るなどの予防対策を徹底する。
 
【環境省のサーベイランス体制2)
① 渡り鳥の飛来経路の解明・・・ウイルスの感染ルート解明のための情報把握
② 鳥インフルエンザウイルスのモニタリング・・・感染の早期発見及び感染状況の把握
③ 渡り鳥の飛来状況のモニタリング・・・渡り鳥の飛来情報の提供による予防
  → 高病原性鳥インフルエンザの発生抑制と被害の最小化
 
【ウイルスの出現機序と感染ルート】
 渡り鳥の観察において時折観察されていた低病原性のH5ウイルスが、鶏に感染し体内で継代することで、増殖し高病原性のウイルスとなることが実験的に証明された。感染ルートに関しては、アジアからヨーロッパ、アフリカへと広がった経路は家禽などの貿易活動、シベリアやロシアからの野鳥の飛来の二つが懸念されている3)
 
1)農林水産省 鳥インフルエンザに関する情報. 発生予防対策の重要ポイント https://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/tori/
2)環境省 鳥インフルエンザに関する情報. 野鳥の高病原性鳥インフルエンザにに関する環境省の取組 https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/bird_flu/
3)高病原性鳥インフルエンザと野鳥の関わり 第56回日本ウイルス学会シンポジウム特集 http://jsv.umin.jp/journal/v59-1pdf/virus59-1_53-58.pdf
 
 


 

6-9 スペイン風邪の概要
 
項目 国内外 内容 出典    
流行時期 国内 第1回目の流行は1918年10月頃から。ピークは11月で12月・1月と減少するも、2月に再燃。その後終息へ。
第2回目の流行は1919年12頃から。ピークは1920年1月でその後減少。
池田一夫,藤谷和正,他:日本におけるスペインかぜの精密分析.東京都健康安全研究センター年報.2005;56:369-374.    
海外 ・アメリカにおける流行時期
第1波:1918年春
第2波:1918年秋
第3波:1918年冬~1919年春
・時期をずらして、全世界的に3回の流行の波が起きている
Centers for Disease Control and Prevention (CDC) 1918 Pandemic (H1N1 Virus). https://www.cdc.gov/flu/pandemic-resources/1918-pandemic-h1n1.html (2020年5月6日閲覧)    
   
感染経路 国内 飛沫・接触感染 工藤宏一郎,間辺利江:総説 2.新型インフルエンザー臨床の立場からー.ウイルス.2010;60:9-16.    
海外    
主な流行地域 全世界 Centers for Disease Control and Prevention (CDC) 1918 Pandemic (H1N1 Virus). https://www.cdc.gov/flu/pandemic-resources/1918-pandemic-h1n1.html (2020年5月6日閲覧)    
主な臨床症状 ・スペインインフルエンザも基本的には平素の季節性インフルエンザと同様の症状だったと想像される1)

・当時の記録を見ると、非常に突然の発症、チアノーゼ、血痰、鼻出血などの出血傾向が強調1)

・死亡例の肺を解剖すると、血液の混ざった水分で肺が満たされた状態(肺水腫)や、細菌感染を合併した強い炎症の所見が見られた1)

・重症化による死亡例のほとんどが肺炎。尚、第1波ではウィルス感染によるびまん性肺胞障害と細気管支炎であった。一方、第2波では細菌性の併発性肺炎であり、現在でいう院内感染が起きていたのではないかと考えられている2)
1)内閣官房新型インフルエンザ等対策室 新型インフルエンザ等対策 スペインインフルエンザ(後半).https://www.cas.go.jp/jp/influenza/kako_02.html(2020年5月6日閲覧).
2)工藤宏一郎,間辺利江:総説 2.新型インフルエンザー臨床の立場からー.ウイルス.2010;60:9-16.
   
   
   
   
   
   
   
終息までに
要した期間
国内 第1回目:8か月(1918年10月~1919年5月)
第2回目:7か月(1919年12月~1920年6月)
国立感染症研究所感染症情報センター 新型インフルエンザへの対応.https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/pdf/18a.pdf(2020年5月6日閲覧)    
海外 第3波(1918年冬~1919年春)後徐々に減少。季節性インフルエンザへ 内閣官房新型インフルエンザ等対策室 新型インフルエンザ等対策 スペインインフルエンザ(前半).https://www.cas.go.jp/jp/influenza/kako_01.html(2020年5月7日閲覧)    
死亡率 国内 ・死者数:388,727人1)
・人口1000人対死亡率1)
 第1回(1918年8月~1919年7月):4.50人
 第2回(1919年8月~1920年7月):2.20人
 第3回(1920年8月~1921年7月):0.06人
・患者100人対致死率1)
 第1回(1918年8月~1919年7月):1.22人
 第2回(1919年8月~1920年7月):5.29人
 第3回(1920年8月~1921年7月):1.65人
・死亡者の年齢分布2)
 いずれの期間においても、0-2歳の乳幼児が大きな比重を占めた。1917-19年では21-23歳、1920-22年では33-35歳の年齢域で大きなピークを示した。
1)内務省衛生局:流行性感冒.内務省衛生局.1922:85-90.
2)池田一夫,藤谷和正,他:日本におけるスペインかぜの精密分析.東京都健康安全研究センター年報.2005;56:369-374.
   
   
   
   
   
   
   
   
海外 ・死者数:50,000千人(推定)1,3)
     21,000~100,000千人(推定)2)
・死亡率:2.5%3)
 
 *実際には、国内と同様に第2波の死亡率が高かったとされている
・致死率:10.0%(死者数を50,000千人とした場合)
     4.2~20.0%(Barryの報告に基づく推定)

・妊婦のインフルエンザ関連の死亡率:50~75%4)
 
妊婦の死亡原因にインフルエンザが多くの割合を占めた。

・国外においても、若年層の死亡率が高かった1,3)。アメリカにおける報告では、1918年のインフルエンザ関連の死亡例のうち半数以上が、20~40歳の若年成人であった。
1) Centers for Disease Control and Prevention (CDC) 1918 Pandemic (H1N1 Virus). https://www.cdc.gov/flu/pandemic-resources/1918-pandemic-h1n1.html (2020年5月6日閲覧)
2) John M Barry: The site of origin of the 1918influenza pandemic and its public health implications. J Transl Med. 2004; 2: 1-4.
3) Jeffery K. Taubenberger,  David M. Morens: 1918 Influenza: the Mother of All Pandemics. Emerging Infect Dis. 2006; 12: 15-22.
4) Matthew S. Payne, Sara Bayatibojakhi: Exploring Preterm Birth as a Polymicrobial Disease: An Overview of the Uterine Microbiome. Front Immunol. 2014; 27: 595.
   
   
   
   
   
   
   
   
感染者数 国内 ・通算推計患者数 約23,805千人(罹患率:43.3%)
・流行期別患者数(単位:千人)
 第1回(1918年8月~1919年7月):21,168人(罹患率:38.5%)
 第2回(1919年8月~1920年7月):  2,412人(罹患率:   4.5%)
 第3回(1920年8月~1921年7月):     224人(罹患率:    0.4%)
1)内務省衛生局:流行性感冒.内務省衛生局.1922:85-90.
2)池田一夫,藤谷和正,他:日本におけるスペインかぜの精密分析.東京都健康安全研究センター年報.2005;56:369-374.
   
   
   
海外 ・推計患者数 約5億人1,2)
       世界人口の約1/31,2)
・罹患率(1918年春~1919年春) 25~30%2)
  *当時の世界の人口は18億人~20億人と推計
1)Jeffery K. Taubenberger,  David M. Morens: 1918 Influenza: the Mother of All Pandemics. Emerging Infect Dis. 2006; 12: 15-22.
2)国立感染症研究所 感染症情報センター インフルエンザ・パンデミックに関するQ&A.http://idsc.nih.go.jp/disease/influenza/pandemic/QA02.html(2020年5月10日閲覧)
   
主な対策
(現在行われている予防策も含む)
国内 ・患者の隔離
・接触者の行動制限
・個人衛生
・消毒
・集会の延期
国立感染症研究所 感染症情報センター インフルエンザ・パンデミックに関するQ&A.http://idsc.nih.go.jp/disease/influenza/pandemic/QA02.html(2020年5月6日閲覧)    
   
   
海外 ・患者の隔離
・接触者の行動制限
・個人衛生
・消毒
・集会の延期

*公衆衛生学的対策の効果2,3)
 アメリカのセントルイス市においては、学校閉鎖等の対策をとり、感染の拡大防止に成功した。一方、そのような対策をとらなかったフィラデルフィアでは感染が拡大した。
*例外的事例
 オーストラリアでは、港にて厳密な検疫(事実上の国境閉鎖)を実施。スペイン風邪の国内侵入を焼く6か月遅らせることに成功。この間にウイルスの病原性が低下していたため、オーストラリアでの流行期間は短かった。
1)国立感染症研究所 感染症情報センター:インフルエンザ・パンデミックに関するQ&A.http://idsc.nih.go.jp/disease/influenza/pandemic/QA02.html(2020年5月6日引用)
2)尾身 茂.新型インフルエンザ:公衆衛生学的観点から.日本公衛誌.2009;56:439-445.
3)厚生労働省 新型インフルエンザ対策推進室:新型インフルエンザ対策の再構築について.https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002g2a8-att/2r9852000002g2hp.pdf(2020年5月9日閲覧)
   
   
   
   
   
発生から終息までの経緯の要約 国内 1918年10月頃より国内での流行が認められた。ウイルスが持ち込まれた経路は明らかになっていないが、軍の営舎に居住する兵士や紡績工場の工員、相撲部屋の関取など、集団生活をしている人達の間での流行が目立ったこと、世界的な流行時期と一致することなどから、国外から持ち込まれた可能性が高い1,2)
その他の国や地域と同様に合計3回の流行があり、感染者数では第1回目の流行、致死率では第2回目の流行が最も高い3)。第3回目の流行では、感染者数が大幅に減少していることから、通常の季節性インフルエンザに移行していたと考えられている2,3)
1)池田一夫,藤谷和正,他:日本におけるスペインかぜの精密分析.東京都健康安全研究センター年報.2005;56:369-374.
2)内閣官房新型インフルエンザ等対策室 新型インフルエンザ等対策 スペインインフルエンザ(後半).https://www.cas.go.jp/jp/influenza/kako_02.html(2020年5月6日閲覧).
3)内務省衛生局:流行性感冒.内務省衛生局.1922:85-90.
   
   
   
   
   
海外 1918年3月にアメリカの軍人で確認 (発祥元は現在も明らかではない。アメリカの他、中国、フランスなどが起源として挙げられている)。第1次世界大戦中だったこともあり、多くの兵士が世界各地へ移動。確認から約3・4か月程度で全世界に広がったと考えられている1,2)
1918年春から起こった第1波では感染者数は多かったものの、死亡率はそれほど高くなかった。一方、同年秋より、世界同時的に起こった第2波では、高い致死率を示した3)
合計で3回のパンデミックを引き起こしたのち、徐々に季節性インフルエンザへと移行(1957年アジア風邪の流行まで)。
1) Centers for Disease Control and Prevention (CDC) 1918 Pandemic (H1N1 Virus). https://www.cdc.gov/flu/pandemic-resources/1918-pandemic-h1n1.html (2020年5月6日閲覧)
2) 内閣官房新型インフルエンザ等対策室 新型インフルエンザ等対策 スペインインフルエンザ(前半).https://www.cas.go.jp/jp/influenza/kako_01.html(2020年5月7日閲覧)
3)Jeffery K. Taubenberger,  David M. Morens: 1918 Influenza: the Mother of All Pandemics. Emerging Infect Dis. 2006; 12: 15-22.
   
   
   
   
   
   
歴史上の位置づけ
/得られた教訓
スペイン風邪は、科学的に検証可能な最初のインフルエンザ・パンデミックである。この中から得られた教訓は今日でも生かされている。
1)情報提供
当時は戦時中ということもあり、各国のマスメディアに厳しい情報規制が敷かれていた。その結果、十分な予防措置を行うこともできず、世界的な流行を引き起こしたと考えられている。
2)流行は繰り返す
スペイン風邪は合計3回のパンデミックを引き起こした。ウイルスの突然変異などにより、一度終息しても再燃する可能性がある。
3)院内感染対策
大量の感染者と医療従事者の感染により医療崩壊を引き起こした。院内の衛生環境も悪化した結果、第2波の際には細菌性肺炎を併発し致死率を高めた。
4)医療従事者の保護
医療従事者を感染から守るために、優先的にワクチンや防護装備を支給すること。
5)標準予防策や接触回避の徹底
例外的ではあるが、国境封鎖を行ったオーストラリアでは大規模な感染拡大を免れている。
 
 
 
 
 
 
 
 


 

6-10 スペイン風邪当時と現在との比較
 
 以下にスペイン風邪と現在の比較を行った。人の移動は当時と比較にならないくらい増えているが、スペイン風邪当時から医療、個人・公衆衛生・情報伝達等様々な面で進歩している。こういった要素も感染症の広がりと被害を想定する上では考慮に入れる必要がある。状況や地域によっては、以下の現在の進歩した体制が整っていない場合もあり、被害に地域間の差などの差が出る要因とも考えられる。以下の要因以外にも各国の年代別人口構成比率等も時代により変化している。高齢者はインフルエンザ死亡のハイリスクグループであり、 一層の高齢化が進展するわが国にとって、 インフルエンザ流行の影響はさらに重大なものとなることが予想される。


厚生労働省 インフルエンザQ&A
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou01/qa.html
厚生労働省 インフルエンザに関する報道発表資料  2011年06月01日 インフルエンザ患者の国内発生について
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000198206.pdf
 インフルエンザ超過死亡「感染研モデル」2002/03シーズン報告
http://idsc.nih.go.jp/iasr/24/285/dj2852.html
 
 
 
 
 
 
 
         
  スペイン風邪 現在  
医療対策 抗ウイルス剤 ・なし ・リン酸オセルタミビル(商品名:タミフル)やザナミビル水和物(商品名:リレンザ)などの投与により、症状とウイルス増殖を抑え治療することが可能  
ワクチン ・なし
・インフルエンザウイルスが初めて分離されたのは1933年
・WHOも接種を推奨
・国内においても、予防接種法が制定され、特にリスクのある集団は定期接種の対象となっている。
 
PPE(個人防護具) ・自発的(国内)、法律的(海外の一部の国々)にマスクを着用
・当時の記録写真を見る限り、マスク・ガウンは着用していたが、ゴーグル・手袋の着用はされていない。また、患者を前にしていてもマスクを外している医療従事者も見受けられる。
・空気感染予防:N95マスク
・飛沫感染予防:サージカルマスク、ゴーグル
・接触感染予防:ガウン、手袋
⇒状況に応じ着用すべきPPEが示されている。
 
 
医療以外の対策 渡航自粛   ・外務省より、状況に応じた「感染症危険情報」を発出  
個人衛生管理 ・ポスターによるうがいの啓発 ・標準予防策の徹底と、ホームページやポスターによる啓発  
検疫強化 ・海港における検疫強化による国境閉鎖(オーストラリア) ・入国管理局、税関、海上保安部署、空港管理会社、港湾管理者等、関係機関と連携し検疫を強化
・PCR検査の実施体制の整備
 
社会的隔離 ・学校を含む公共施設の閉鎖
・集会の禁止
・学校を含む公共施設の閉鎖
・集会の禁止
 
リスク・コミュニケーション   ・新型インフルエンザなどに対するリスク・コミュニケーションの方法についてガイドラインが作成されている  
その他 移動手段 ・海外への移動は船舶が中心 ・航空機等の高速大量交通機関の発達  
情報収集・伝達 ・戦時中であり、ヨーロッパ諸国は情報を遮断。中立国であったスペインの報告により、感染拡大が判明
・電話・テレビ等の通信技術が発達したのも1920年代以降。
・予防心得に関する印刷物またはポスターの配布
・様々な通信技術の発達により、より短期間で世界中の情報収集が可能
・サーベイランスの強化
 ・WHO世界インフルエンザ・サーベイランス・ネットワークへの参加(1952年)
 ・感染症法施行(1999年)によりインフルエンザが定点報告の対象となる
 
まとめ  スペイン風邪の流行は今から約100年前であり、現在においては、新興感染症に対する対策についても変化がみられている。そこで、以下にスペイン風邪流行当初と現在の違いについて述べていく。
 まず、大きな変化として、抗ウイルス薬やインフルエンザワクチンの開発が挙げられる。スペイン風邪流行時は、ウイルスの分離技術も確立されていなかったため、病原体の特定すらできていない状態であった。現代においては、抗ウイルス薬やワクチンの開発・研究も進み、臨床の現場にも普及している状況である。そのため、インフルエンザウイルスに感染したとしても、早期に治療を開始することができ、重症化のリスクを減らすことが可能になった。日本においては、予防接種法により、高齢者など感染リスクの高い集団が定期接種の対象となっており、感染拡大のリスクを事前に減らす取り組みが行われている。
 次に、個人防護具(PPE)の普及である。スペイン風邪では、医療従事者への感染も起こり、その結果院内感染が広まり医療崩壊を導いたとも考えられている。現在では、新型インフルエンザだけでなく、さまざまな感染症から医療従事者を保護するために、PPEの適切な着用が推奨されている。これにより、院内感染を防ぎ、また医療従事者が継続的に医療を行える体制を作ることを可能にしている。
 医療以外の側面では、移動手段や情報収集・伝達の技術が大きく進歩したことが、感染症の拡大やその防止に大きな影響を与えている。スペイン風邪流行時は、海外への移動手段は船舶が主体であった。しかし、現代においては、航空機等の高速大量交通機関が発達したため、他国で発生した感染症がより短期間で多くの国や地域に持ち込まれるリスクが高くなっている。一方、情報という側面からみると、スペイン風邪流行時は第一次世界大戦中であり、多くの国で情報統制が図られていたため、感染症の情報が他国に届けられることがなかった。中立国であったスペインの報告がきっかけとなり、世界規模でのパンデミックが起こっていることが徐々に明らかとなったのである。さらに、現代においては当たり前となった、電話やテレビ、インターネットも普及しておらず、短期間により多くの人々に情報を伝える術がなかった。こうした移動手段や情報通信技術の進歩、さらには過去の新興感染症から得られた教訓もあり、現代では、感染症を持ち込まない、持ち込ませないための、渡航自粛や個人衛生管理の徹底、検疫体制の強化が図られている。スペイン風邪流行時は、国内においてはポスター等の印刷物のは配布による個人衛生管理の促しを行っていた。通信技術の発達した現在にでは、インターネットやテレビを通じた情報提供や啓蒙活動も可能になり、より短時間やより多くの人に情報を伝えられるようななっている。尚、マスクの着用や手洗い・うがいの習慣は、スペイン風邪の流行時に作られたものだと考えられている。感染症対策についての正しい情報発信により、個人レベルでの予防対策習慣をさらに普及させることも可能になると考えられる。
 国内における渡航自粛や検疫強化については、各省庁や関連機関が協力しあうことで、感染症の拡大を防ぐ体制を築いている。また、世界規模では、WHOの「世界インフルエンザ・サーベイランス・ネットワーク」により、パンデミック・インフルエンザ、季節性インフルエンザなど様々なインフルエンザの世界的な流行を監視し続けている。

逢見憲一:公衆衛生からみたインフルエンザ対策と社会防衛-19世紀末から21世紀初頭にかけてのわが国の経験より-.J.Natl.Inst.Public.Health.2009;58:236-247.
羽原敬二:新型インフルエンザ対策とリスク処理.保険学雑誌.2010;610:75-92.
尾身茂:新型インフルエンザ:公衆衛生学的観点から.日本公衆衛生雑誌.2009;56:439-445.
厚生労働省 新型インフルエンザ発生時の医療機関における感染対策について.https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou01/kouen-kensyuukai/pdf/h26/kouen-kensyuukai_05.pdf(2020年5月12日閲覧)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


 

6-11 インフルエンザのまとめ
 
 インフルエンザ流行の歴史は、感染症への対応に様々な教訓を残している。現在、感染症への対策の体制や未来の脅威の予想と観察などが進んだが、2020年COVID-19の世界的流行が起きている。感染症の流行では感染力の強さや罹患率、致死率など、何が正しい情報なのか初期には分からないことが多く認められる。必要以上の恐れや楽観を避けるためには、疾患の罹患率・死亡率・致死率等を総合して判断することが必要であると今回のプロジェクトは示唆している。治療薬やワクチンが無い、未知のものに対する場合には、理学療法士の現場においても標準予防策と個人衛生が基本であることが明らかとなった。ウイルスにはそれぞれ特徴があり、それを学び、感染症について知る事が予防のために必要と考える。
 2020年5月15日時点で国内のCOVID-19は、累計感染者数 16,237人、死亡者数 725人と報告されている。統計に上がる数字だけ見ると国内罹患率0.01%、致死率4.5%、人口10万人対死亡率0.57人となる。致死率は検査が進むと落ちてくる傾向にある事はインフルエンザのパンデミックを振り返っても明らかとなったが、全体像がまだつかめていないので警戒が必要と考えられる。また、歴史に学ぶといった観点からは、いったん落ち着いたように見えても警戒を続ける必要があることが示唆される。
 
 最後にインフルエンザウイルスとcovid19の感染の特徴も触れたい。
 
①飛沫感染いついて
 2m離れると感染しないとされている。2mまで到達する前に、種々の大きさのエアロゾルは乾燥する。60~100μmの大きな粒子も、乾燥して飛沫核になり、多くのウイルスは乾燥して感染性を失う。コロナウイルスはインフルエンザ同様、エアロゾルが乾燥する距離である2m離れたら感染しないと思われる。しかし,湿気のある密室では空中に浮遊するエアロゾル中のウイルスは乾燥がしないため、数分から30分程度(COVID-19は3時間1))、感染性を保持する。密室におけるインフルエンザの集団感染例としては,空調が3時間停止した飛行機内で,1名の患者から37名に感染している。コロナウイルスは飛沫感染については、咳やくしゃみの飛沫だけでなく,呼気の87%を占める1μm以下のエアロゾルも感染性を有すると考えられるが、コロナウイルスは、細胞中で産生されるウイルス量がインフルエンザウイルスの約100分の1であることから、インフルエンザほど感染能力は強くないと推定される3)。密室を避けるための換気の効果について2)、換気回数が1 時間6 回の場合、室内に飛散した飛沫核の90%・99%・99.9%が除去される時間は各々29 分,46 分,69 分とされる。
 
②ウイルスの生存時間
 現時点で判明しているCOVID-19の残存期間としては、プラスチックやステンレスの表面では72 時間まで、 というものがある1)。ティッシュで鼻をかむ際に鼻を触った手がウイルスで汚染され,その手でドアノブなどの物を触り,そこに付着したウイルスが物を介して別の人の手にうつり,その手を顔面にもっていくことで感染が成立する。物の上でどれぐらい感染性が保持されるかについては、従来3時間程度と言われてきたが、中国SARS対策委員会では、プラスチックなどの表面で3日程度、痰や糞便では5日、尿中で10日としている。SARSが香港のホテルで集団発生した事例では、感染者が宿泊した部屋で使用した雑巾で、同じ階の各部屋を掃除したとされる。その階では、掃除された部屋内に付着していたウイルスで物を介した感染が起こり、感染が各国の宿泊者に拡大したとされる。このようにSARSコロナウイルスでは、感染者から出た咳や痰、下痢便など、ウイルス量が多い排泄物が付着した物が、見かけ上乾燥していても感染源となった。COVID-19も、物を介する感染を防ぐためには、「顔に手をもっていかない」「手の消毒や手洗い」が重要と思われる3)。インフルエンザウイルスの残存期間は2-8時間4)であり、 SARS コロナウイルス、MERS コロナウイルス はインフルエンザウイルスに比較して残存期間が長い。 COVID-19 についてもインフル エンザウイルスに比較して環境中に長く残存する可能性がある2)。そのため高頻度接触の物質表面の消毒が推奨される。
 
 現状ではウイルスの違いによる感染経路の特徴の把握が予防のために活かせる方法であるとして本稿を終えたいと思う。
 
1)新型コロナウイルス感染症に対する感染管理 改訂 2020 年 4 月 2 7 日 
国立感染症研究所 国立国際医療研究センター 国際感染症センター
https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/corona/2019nCoV-01-200427.pdf
2)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引き・第1版
https://www.mhlw.go.jp/content/000609467.pdf
3)白木公康 緊急寄稿(1)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のウイルス学的特徴と感染様式の考察 日本医事新報社 (2020年03月21日発行) P.30
https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=14278&fbclid=IwAR0OqDYmvgTsZGzdt0YG-uP4DfTmjWNSKgYiKX-_EX6PW-ylXyt8TXIkpFI
4)国立感染症研究所 感染情報センター インフルエンザQ&A
http://idsc.nih.go.jp/disease/swine_influenza/QAFlu09-2.html