高齢者に対する感覚に特化したバランストレーニング:固有感覚再統合と認知負荷に対する効果

Kelly P Westlake,Elsie G Culham.:Sensory-Specific Balance Training in Older Adults: Effect on Proprioceptive Reintegration and Cognitive Demands.Physical Therapy. 2007;87:1274-1283.

PubMed PMID:17636154

  • No.0912-4
  • 執筆担当:
    山形県立保健医療大学
    保健医療学部
    理学療法学科
  • 掲載:2009年12月24日

【論文の概要】

背景

姿勢制御は、末梢感覚からの情報を中枢神経系で統合し、適切な運動反応を実行する。様々な環境変化に対して感覚入力が適時変化しているとすれば、それに対する適応能力を向上させる事は高齢者における転倒リスクの減少に重要である。しかし、先行研究において高齢者のバランス能力向上のための固有受容感覚の増強を目的とした介入実験は行なわれていない。姿勢制御に対する固有受容器の寄与、および中枢神経系の統合的メカニズムを評価する方法は、筋腱に対する振動刺激による姿勢動揺を評価することである。筋への振動刺激は、運動感覚を喚起して、付随して認知課題に対する改善が期待できると考えられる。

目的

本研究の目的は、次の2つの仮説を検証することである。
仮説①:感覚に特化したトレーニングプログラム(FallProof) 終了者が、トレーニング前あるいは転倒防止教育グループと比較して、振動刺激による外乱に対して早急な動揺減少が図られ且つ、認知的作業課題能力の向上をもたらす。
仮説②:姿勢安定性の向上が臨床的バランス評価指標と主観的なバランス評価指標のスコアに反映される。

方法

研究デザインは、単純盲検無作為比較検定である。65歳以上の36名の健常高齢者を無作為に2グループ(バランス訓練群[n=17]と転倒予防教育群[n=19]に分けた。

訓練群については、FallProofプログラムによるバランス訓練を1週間3回(1回1時間)で8週間にわたりフォローアップした。

評価は、床反力計を使用して足圧中心点(COP)を抽出 ②臨床的評価としてFullerton Advanced Balance(FAB) Scale、The Physical Activity Scale for the Elderly (PASE)、Activities-specific Balance Confidence (ABC) scaleの評価とした。

課題条件は、1) 閉眼立位条件、2) 閉眼立位二次課題条件、3) 閉眼立位振動条件、4) 閉眼立位二次課題振動条件の4つの課題として、各3回計測してその平均値を採用した。課題2)、4)の二次課題では3桁の数字の逆算、課題3)と4)の振動付加では、5秒間の静止立位保持後、10秒の振動刺激を加えたのち30秒の振動刺激無しとした。

解析は振動刺激終了後からの30秒間、6回(1回5秒間)にわたり、時間間隔1~時間間隔6の各時点で5秒間のCOP平均動揺速度を計測した。振動刺激は、80Hzの振動をバイブレーターによりアキレス腱および前脛骨筋腱にあたえた。

結果

課題3)、4)において、介入後評価では時間間隔1で転倒予防教育群よりも訓練群のCOP平均速度の減少がみられたが、その他の時間間隔には有意差を認めなかった。また、訓練群の介入前と介入後の比較でも時間間隔1で介入後のCOP速度が減少していたが、他の時間間隔では有意差が認められなかった。
二次課題の回答精度と回答速度については、群間および訓練群の介入前後で差異は認められなかった。臨床テストについて、FAB Scaleは訓練群の介入後評価の時点で維持された。ABC Scaleスコアについて、介入後評価では訓練群で変化は認めなかったが、転倒教育群ではバランス能力低下が見られた。

考察

本研究の結果は、感覚に特化したアプローチを行なうことで、固有受容感覚の再統合に対して効果を有していた事を示唆した。臨床テストについては、FABについてバランス訓練群で8週間後に能力の維持が確認されたが、教育群では成績が得られなかったため、どのように変化したかが不明である。さらに、本研究の被験者は健常高齢者だった為に、バランス不安定者よりもその効果が大きいものになったかもしれない。今後、バランス能力が低下している高齢者を対象に検討することで、より効率的なバランス運動介入と転倒リスクの減少に結びつくかもしれない。

【解説】

本論文は、健常高齢者に対するFallProofプログラムの効果について介入実験を行なった研究である(FallProofプログラムの詳細については文献[17]を参照されたい。)。FallProofプログラムは、立位、歩行時などの肢位で不安定な状況下(ロッカーボードや狭い梁などの使用、あるいはタンデム肢位等)で多種のトレーニングを実践するプログラムである。本プログラムの紹介者は、従来の転倒予防プログラムが部分的な要素(筋力、柔軟性、有酸素運動)の強化を図る事を目的としているのに対して、FallProofでは多次元的なアプローチを導入していると述べている。
転倒予防トレーニングの効果についてはこれまでも多くの報告があるが、Costello[1.]が報告した12編の転倒予防トレーニング(いずれも介入研究)に関するレビュ-によると、転倒予防には多元的なプログラムを導入することが効果的であり、最低12週間で筋力強化、バランストレーニング、そして持久力訓練を取り入れた総合計画が必要であると結論づけている。今回紹介した論文では、バランス能力向上に主眼を置いたトレーニングであり、期間も8週間と短期間である。これらの事が、結果にどのように影響したかは不明であるが、著者らもCOPに関して、顕著な改善が得られなかった事については、トレーニングを継続する必要性を述べている。いずれにせよ、転倒要因が多岐にわたる事は自明であることから、多角的な観点から転倒予防を図らなければならない事は疑問の余地はないと思われる。
本論文では、トレーニング効果の評価手段として生体に振動刺激を入力して、それに対するCOP動揺の収束時間間隔を評価している。ボストン大学の Collinsらのグループ[2.3.]では、そのような振動刺激を転倒予防のアプローチとして導入して成果を上げている。健常若年者、健常高齢者、糖尿病者、脳血管障害者を対象に振動装置付きインソールを使用して足底へ振動刺激を入力したところ、無刺激と比較して動揺距離、面積、ハースト指数等の多くの指標で指標値が減少した事を報告している。この理由を、固有感覚受容器に対する効果と述べているが、振動刺激を入力することで姿勢安定性の向上、さらに転倒対策に役立てようとする取り組みは興味深い。ダイナミックな動作を取り入れるトレーニングでは、常に転倒危険性の問題が生じることからこのようなリスクが少ない静止立位を基本姿勢としたアプローチは興味深く、さらに検討されても良い。

【参考文献】

  1. Costello E, et al.Update on falls prevention for community-dwelling older adults: review of single and multifactorial intervention programs. J Rehabil Res Dev. 2008;45:1135-52.
  2. Gravelle DC et al.Noise-enhanced balance control in older adults. Neuroreport.2002;28:1853-1856.
  3. Noise-enhanced balance control in patients with diabetes and patients with stroke. Ann Neurol. 2006; 59:4-12.

2009年12月24日掲載

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