術前集中的吸気筋トレーニングによる上腹部手術後肺合併症の予防:無作為化比較試験による試験的研究

Dronkers J, Veldman A, Hoberg E, van der Waal C: Prevention of pulmonary complications after upper abdominal surgery by preoperative intensive inspiratory muscle training: a randomized controlled pilot study. Clinical Rehab, 2008; 22: 134-142.

PubMed PMID:18057088

  • No.1001-1
  • 執筆担当:
    山形県立保健医療大学
    保健医療学部
    理学療法学科
  • 掲載:2010年1月30日

【論文の概要】

背景

外科手術後の肺合併症は死亡率や入院期間延長の大きな要因である。これに対して理学療法が有効とされており、特に術前から理学療法を実施することで術後肺合併症を低下させることが報告されている。最近では、高リスクの冠動脈バイパス手術患者でその効果が報告されているが、高リスクの上腹部手術患者に効果があるかは明確になっていない。

目的

この研究の目的は、術前吸気筋トレーニングが高リスクの腹部大動脈瘤患者に対する選択的手術後の無気肺発生に与える影響、および術前吸気筋トレーニングの実行可能性を明らかにすることである。

方法

研究デザイン:
単マスク化無作為化比較試験

対象:
高リスクの腹部大動脈瘤患者20名。取込み基準は、少なくとも2週間の術前期間があり、65歳以上、喫煙歴、COPD、肥満(BMI>27)のリスク因子が1つ以上あること、オランダ語を理解し(訳者註:本研究はオランダで実施された)スパイロメトリーを実施できることである。除外基準は、脳血管障害、術前30日以内の免疫抑制治療、神経筋疾患、肺手術の既往、および術前8週以内の理学療法治療歴である。

手順:
外来から紹介された患者を無作為に介入群10名と対照群10名に割り付けた。両群とも少なくとも手術の2~4週前に研究に参加し、介入群はトレーニングを開始し、対照群は通常のケアを受けた。術後の主要帰結評価である胸部X線写真は、マスク化された医師が評価した。

介入:
介入群は1日6回、週6回の吸気筋トレーニングを、週1回は理学療法士の指導下で、他の5回は非指導下で実施した。吸気筋トレーニングはThresholdを用い、最大吸気筋力の20%から開始し、RPEが5以下になった場合は2cmH²Oずつ負荷量を増加させた。

通常ケア:
両群とも術前の通常ケアとして、横隔膜呼吸、インセンティブスパイロメトリー、咳嗽および強制呼出手技FETを行った。両群とも術後理学療法として、深呼吸、横隔膜呼吸、FETおよび咳嗽を行った。また、両群とも早期離床を促された。

評価:
主要帰結評価として無気肺発生の有無を評価した。介入群では実施可能性評価として有害事象発生の記録を行い、また、退院2週後に患者満足度をアンケート調査した。副次帰結評価として、最大吸気圧MIP、吸気筋持久力、肺活量VCを計測した。吸気筋持久力はThresholdを用いて30%MIPから開始し 2分ごとに10%MIP負荷を増加させ、2分間完遂できた吸気圧(cmH²O)で表わした。

結果

対象者の特性:
介入群の平均年齢は70±6歳、対照群は59±6歳であり有意差があった。ベースラインの肺機能、手術時間などその他の特性に有意差はなかった。介入群の2名が術後の急性血管閉塞で再手術となって脱落した。

無気肺発生:
対照群の8名に、介入群の3名に無気肺が発生した(p=0.07)。無気肺の持続期間(中央値)は対照群で1.5日、介入群で0日であった(p=0.07)

実施可能性:
介入群は全員が術前トレーニングを完遂し、有害事象の報告はなかった。介入群の患者満足度調査は良好な結果だった。

肺機能:
術前のMIPは介入群で増加し、対照群で低下する傾向だったが有意な差ではなかった。術前の吸気筋持久力は介入群で32±8cmH2Oから43±14cmH2Oへと増加した(p=0.05)。

MIPとVCは術後毎日、7日間計測され、対照群の方が介入群より高い値を示す傾向にあったが有意差はなかった。MIPはベースラインで差がある(訳者註:有意ではない)ため、ベースライン値との比で比較すると、介入群が対照群よりも10%高い傾向を示したが有意ではなかった。

考察

本研究では、対象者が少ないにも関わらず、介入群では有意に近い(p=0.07)無気肺の減少を得た。この研究からの臨床へのメッセージはa)腹部大動脈瘤患者に対する術前吸気筋トレーニングは十分耐えうることができ、患者満足度も良好であり、b)術後無気肺の発生を減少させる傾向があると思われた。一方、対象者が少ないため、両群の年齢に有意差があることなどから結果の解釈は慎重でなくてはならない。

【解説】

本論文は筋力トレーニングの実施に十分なリスク管理が必要な腹部大動脈瘤患者に対する術前吸気筋トレーニングが安全に実施でき、かつ一定の効果があることを示唆した臨床研究である。主要帰結評価者をマスク化するなど、研究デザインも大きな問題はないと思われる。しかし、著者も試験研究pilot studyとしているように、無作為割付けをしたにも関わらず群間で年齢に差があるなど、対象者数が少ないことの影響が大きく、結果の解釈には慎重にならざるを得ない。さらに、年齢に差があるのにも関わらず、MIPやVCが%標準値ではなく実測値が用いられているなど、データ処理上の問題も指摘できる。また、統計学的に有意差がないにも関わらず、差があったような表現が散見され、内容の解釈に注意を要する。また、手術内容についての情報が記載されていない、術前吸気筋トレーニングにおける血圧などのリスク管理についての記載がないなど、情報不足な面が否めない。本論文を参考に、リスク管理基準などを検討した上で臨床に応用するべきと考えられた。
本論文で引用されている、より大規模な術前吸気筋トレーニングに関する論文(対象は冠動脈バイパス手術)を参考までに下記に提示する。

【引用文献】

  1. Weiner P, Zeidan F, Zamir D et al. Prophylactic inspiratory muscle training in patients undergoing coronary artery bypass graft. World J Surg 1998; 22: 427--31.
  2. Nomori H, Kobayashi R, Fuyuno G, Morinaga S, Yashima H. Preoperative respiratory muscle training. Assessment in thoracic surgery patients with special reference to postoperative pulmonary complications. Chest 1994; 105: 1782--88.
  3. Hulzebos EH, van Meeteren NL, van den Buijs BJ,De Bie RA, Brutel de la RA, Helders PJ. Feasibility of preoperative inspiratory muscle training in patients undergoing coronary artery bypass surgery with a high risk of postoperative pulmonary complications: a randomized controlled pilot study. Clin Rehabil 2006; 20: 949--59.

2010年01月30日掲載

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