乳児の静止立位の発達:動揺の減少なのか、あるいは異なる動揺なのか?

Chen LC, Metcalfe JS, Chang TY, Jeka JJ, Clark JE.The development of infant upright posture: sway less or sway differently? Exp Brain Res. 2008 Mar;186(2):293-303.

PubMed PMID:18057920

  • No.1204-2
  • 執筆担当:
    県立広島大学
    保健福祉学部
    理学療法学科
  • 掲載:2012年4月1日

【論文の概要】

背景

姿勢制御は、日常生活動作に必要とされる運動技能を高める基本的能力であり、初期の運動発達のための重要な因子である。支持基底面上に身体分節を制御することは、変化する環境と課題要求に適応可能な正確で信頼性のある知覚と運動を必要とする。成人と比較して、乳児がどのように静止立位を制御するのかについてほとんど何もわかっていない。特に乳児の静止立位の時間・空間的特徴に関して、ヒトの姿勢制御とその発達について明らかにされていない。

目的

本研究は、まず第1に、独立歩行開始後1年間の乳児の立位姿勢動揺(no contact状態)の時間・空間的特徴の縦断的変化を調査し、静止立位時の姿勢制御の発達について検証した。第2には、軽いtouchが静止立位時に、どの程度乳児の姿勢動揺に影響しているかを検証した。

方法

9人の乳児(男児6名、女児3名)を対象とした。すべての乳児は、満期産児であり、出生時合併症や発達遅延はなかった。さらに、生後6、9、12ヵ月時に発達検査(ベイリー発達検査)を行い、対象児の発達が正常範囲内であることを確認した。連続して3ステップできた時に歩行開始年齢とし、毎月計測した。グループ間比較のために5名の若年成人を比較対照とした。乳児はtouchすることなく検査台上に立位姿勢を保持し、実験者が被検児前に座り乳児の注意を誘導した。Light touch時には、乳児に手で右側にあるbarに軽く触れさせた。乳児がtouchする装置は、長さ45.7cmのPVC管を上半分に縦断した直径4.4cmの凸面状のbarであった。Touch barは、乳児の腸骨稜の高さに配置され、乳児はその凸面を触れることはできたが、つかむことはできなかった。計測には床反力計(Kistler)を用いて左右・前後方向の足圧中心軌跡を算出した。また、Logitech 6次元位置追跡システム(VR Depo)を使用して上半身の3次元解析と質量中心を算出した。実験環境として、約2.1×5.1m2の検査室内を黒いカーテンで囲い、注意をそらすものを排除した。実験環境や実験検査者に順化したのち、乳児に縦10cm×横20cm×高さ11cmの台に靴を脱いで乗り静止立位を保持させた。そして、touchの装置の高さを調整し、位置追跡システムを設置した。

結果および考察

静止立位時の軌跡長は、独立歩行後最初の9ヵ月間の歩行経験では発達上変化しなかった。しかしながら、乳児がlight touchしたときには、軌跡長、振幅、動揺面積がそれぞれ減少した。touch条件では、9ヵ月の歩行経験後の乳児と若年成人の姿勢動揺は両群ともに有意に減弱した。若年成人と比較すると、9ヵ月の歩行経験後の乳児は、有意に高い軌跡長と振幅、動揺面積を示した。

乳児の姿勢動揺速度については、歩行経験とtouchが有意に影響した。歩行経験が増えることによって、乳児は姿勢動揺速度と動揺の多変性(より様々な方向に動揺すること)が減少した。touch条件ではno touchの状態と比較して、乳児の姿勢動揺は緩徐で多変性も収束した。若年成人と比較すると、9ヵ月の歩行経験後の乳児の姿勢動揺速度はより急速で、より様々な方向に動揺した。動揺速度は、乳児の姿勢制御における発達上の変化を検出するうえで感度の高い方法である可能性を示唆した。さらに、感覚入力による速度情報は、成人における静止立位制御の位置情報・加速度情報よりも有益であることが示された。つまり、姿勢動揺の速度変化は感覚フィードバックから重要な情報を与え、発達中の動揺速度の変化は、感覚と運動の統合を強化するような、運動系を調整する可能性がある。我々は、この結果が感覚‐運動統合の発達の基礎となる重要なメカニズムである可能性を示唆する。

乳児の姿勢動揺の周波数については、9ヵ月の歩行経験後の乳児の姿勢動揺のスペクトル帯域幅が0.6-0.7 Hzから0.4-0.5Hzに減少した。9ヵ月の歩行経験をしても乳児の姿勢動揺は若年成人より高いスペクトル帯域幅を示した。歩行経験を積むことによって乳児の姿勢動揺の軌跡長は変化しなかったが、スペクトル帯域幅は減少した。減少したスペクトル帯域幅が低周波帯域で姿勢動揺を増加させるかどうかを直接調べるために、0-0.5Hz以内のスペクトル解析を行った。回帰分析の結果、歩行経験を積むことによって乳児が低周波数帯域の姿勢動揺が増大することが明らかとなった。light touch条件では、乳児の動揺は減少した。さらに、light touchによって動揺が低周波領域(0-0.5Hz)に減少した。これらの結果は、light touchによる接触が姿勢動揺を減弱し、姿勢制御の補完することを示唆している。手のtouchによる付加的な接触は、軌跡長を減弱するだけでなく動揺の力学特性(姿勢動揺の速度と周波数の特徴)を変えることによっても乳児の静止立位を安定させる。

【解説】

本論文は、乳児の静止立位時の足圧中心を解析し、姿勢動揺の発達について縦断的・横断的に検証した研究であり、低年齢の乳児を対象とした姿勢制御の研究が少ないことから参考となる論文である。また、姿勢を維持させることが困難な乳児を対象としていることから、実験課題を工夫している点でも参考にできる。
本研究では、乳児の静止立位時の姿勢動揺は、歩行経験を積むことにより軌跡長が漸進的に減少するという特徴は認められないものの、低周波帯域へ発達することを示唆している。姿勢制御の発達には、感覚運動システムを強化するために力学特性(速度と周波数)を調整することが必要であり、歩行は感覚運動経験を提供し、乳児の姿勢制御の発達を強化する可能性があることを示した論文である。さらに、手によるlight touchは姿勢動揺の力学的特性を変化させるのと同様の意味があり、歩行経験を積む前の乳児の立位姿勢も安定させることができることを示している。
感覚運動システムを強化するために力学的特性を調整することがポイントとして示唆され、歩行経験が乳児の姿勢動揺を発達させる可能性を示しているが、乳児のlight touchが成人のlight touchと同様に効果があるということにより効果的なヒントを見出すことができるかもしれない。

【参考文献】

  1. Riley MA, Wong S, Mitra S, Turvey MT: Common effects of touch and vision on postural parameters. Exp Brain Res 117:165-170, 1997.
  2. Ashmead DH, McCarty ME: Postural sway of human infants while standing in light and dark. Child Dev 62:1276-1287, 1991.
  3. Barela JA, Jeka JJ, Clark JE: The use of somatosensory information during the acquisition of independent upright stance. Inf Behav Dev 22:87-102, 1999.
  4. Kirshenbaum N, Riach CL, Starkes JL: Non-linear development of postural control and strategy use in young children: a longitudinal study. Exp Brain Res 140:420-431, 2001.
  5. Jeka JJ, Lackner JR: Fingertip contact influences human postural control. Exp Brain Res 100:495-502, 1994.
  6. Kiemel T, Oie KS, Jeka JJ: Multisensory fusion and the stochastic structure of postural sway. Biol Cybern 87:262-277, 2002.
  7. Kiemel T, Oie K, Jeka JJ: Slow dynamics of postural sway are in the feedback loop. J Neurophysiol 95:1410-1418, 2006.

2012年04月01日掲載

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