高齢者における転倒と実行系機能:認知機能と転倒リスクの関連について5年間の前向き研究からの新しい知見

Mirelman A, Herman T, Brozgol M, Dorfman M, Sprecher E, Schweiger A, Giladi N, Hausdorff JM. Executive Function and Falls in Older Adults: New Findings from a Five-Year Prospective Study Link Fall Risk to Cognition. PLoS One. 2012;7(6):e40297. Epub 2012 Jun 29.

PubMed PMID:22768271

  • No.1208-1
  • 執筆担当:
    県立広島大学
    保健福祉学部
    理学療法学科
  • 掲載:2012年8月1日

【論文の概要】

背景

最近の調査結果は実行系機能が高齢者の歩行、特に複雑で挑戦的な状況下での歩行調整に重要な役割を持っていることを示唆している。そして実行系機能の低下は転倒リスクの一因となる。そのため実行系機能と転倒についての関連を明らかにする必要がある。

目的

第一の目的は、5年間の追跡期間の経過を通して実行系機能の低下が将来の転倒リスクであるかどうかを評価することである。

第二の目的は、実行系機能と通常歩行能力もしくは2重課題下による歩行能力が転倒リスクと関係しているかどうか評価することである。

対象と方法

地域在住高齢者を対象として前向き研究を行った。対象は年齢が70歳以上で自立歩行が可能であり、疾患がないものとした。また、うつ病およびMMSE 25点未満の場合は対象者から除外した。

基準として認知機能バッテリーをコンピューター処理して実行系機能、注意機能などの認知領域の指標を作成した。歩行は通常歩行および2重課題状況下歩行を評価した。転倒データは、毎月カレンダーを使って収集した。収集されたデータを基に危険率を定量化した。

結果

研究に参加した地域在住高齢者は256名であった。対象者の年齢は76.4±4.5歳でそのうち61%が女性であった。研究以前に転倒したことがないと報告した割合は77%であった。BMIは26.65±3.65、Charlson Comorbidity Indexは0.8±1.1、MMSEは28.75±1.21、握力は24.76±8.57 Kgであった。認知機能は実行系機能 99.30±1.68、注意機能 99.03±12.74、視空間認知 97.05±15.86、記憶 99.90±11.61であった。歩行機能はBBS 54.19±2.26、TUG 9.45±1.61秒、通常歩行速度 1.23±0.22m/g、2重課題下歩行速度 1.10±0.22m/g、通常歩行時変動 2.57±1.43%、2重課題下での歩行変動 2.97±1.47%であった。

追跡調査期間(最大66ヵ月)間に、合計570の転倒が報告された。71%の対象者は追跡調査期間に少なくとも1回の転倒、そして46%の対象者は複数の転倒を報告した。31%の対象者はいずれの時にも転倒していた。そして、11%が1年につき2回以上転倒していた。

研究を行う1年前の転倒回数、年齢、性別により正規化された後に将来の転倒リスクと関連があったのは、実行系機能(RR:0.85;CI:0.74-0.98、p=0.021)、注意機能(RR:0.84;CI:0.75-0.94、p=0.002)、2重課題下での歩行変動(RR:1.11;CI:1.01-1.23;p=0.027)であった。他の認知機能においては、転倒との関連はなかった。生存率分析は、実行系機能が低下しているほどより近い将来に転倒し、追跡期間の66ヵ月間において繰り返し転倒の経験をしやすいということを示唆した(p<0.02)。

考察

本研究結果は、地域在住高齢者において、5年間における将来の転倒リスクが実行系機能と注意テストにおけるパフォーマンスによって予測されたことを証明している。実行系機能の評価が転倒リスク評価を増強する結果となり、高齢者における認知機能と転倒リスクの関連を示している。実行系機能の治療は転倒リスクを減少するであろう。

【解説】

論文の背景・位置づけ
将来の転倒リスクを検討した論文であり、転倒予防の評価を行う際の指標となると考える。
論文の評価(良い点、悪い点、難解用語の解説)
荻野らによれば転倒頻度は加齢にともない高くなり, 65歳以上の在宅高齢者では年間10~20%が転倒する。 このうち30~60%が外傷を受け, 6~10%が骨折に至ると報告されている。 認知症高齢者では一般高齢者に比較して転倒リスクが高く, 大腿骨近位部骨折をはじめとした骨折発生リスクも高値であることが知られている[1.]。また、認知症と診断されないMCIにおいても転倒リスクが増大することは明らかである[2.]。本論文は健常高齢者における認知機能とくに実行系機能の低下が将来の転倒を予測できるということを明らかにしている。菅野らは実行機能を重点的に高めるための認知プログラムと運動プログラムを施行し、認知機能あるいは運動プログラムによるリハビリ的介入は健常あるいはMCIレベルの地域住民の記憶機能を改善させると報告している[3.]。
以上により高齢者における転倒予測の手段として実行系機能の評価は有用であり、認知プログラムおよび運動プログラムを施行することにより実行系機能が強化され転倒予防が可能となることを示唆している。

【用語説明】

実行系機能とは他の認知能力を調節して、集積して、組織して、保持する高次脳機能である。認知過程は、薬物管理、食事のおよびライフスタイル変化、反応の自己モニタリング、健康管理プロのフォローアップなどの健康を促進する能力に必須である。これらの機能は前頭前皮質による機能であり、対立する考えを区別する能力の他、現在の行動によってどのような未来の結果が生じるかを決定する能力、確定したゴールへの行動、成果の予測、行動に基づく期待に関係している。

【参考文献】

  1. 荻野浩, 山本慎一、林原雅子、他:認知症高齢者の転倒・骨折の実態とその予防.身体教育医学研究.2008;9(1):51-51.
  2. Liu-Ambrose TY, Ashe MC, Graf P, Beattie BL, Khan KM:Increased Risk of Falling in Older Community-Dwelling Women With Mild Cognitive Impairment.Physical Therapy.2008; 88(12): 1482-1491.
  3. 菅野圭子, 横川正美, 柚木颯偲、他:健常及び軽度認知障害地域住民を対象としたリハビリ的方法による認知症予防前向き研究 -なかじまプロジェクト-.老年精神医学雑誌.2009;20(増刊-2):146-146.
  4. 上野真季, 村井千賀, 稲口葉子,他:認知症高齢者の実行機能障害における一考察 -作業遂行機能評価表を用いて.日本作業療法学会抄録集.2010;44():763-763.
  5. 玉井顯:(5)シリーズ「脳からみた認知症」:第5回 前頭葉の働き.ケアマネージャー.2009;11(8)46-47.
  6. 長谷川和夫:(3)認知症の中核症状.おはよう21.2009;20(14)70-71.
  7. 苧阪直行:ワーキングメモリと実行系機能の個人差-Functional MRIによる検討. Cognition and Dementia. 2005;4(2):95-100.

2012年08月01日掲載

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