機能性消化管障害患者のライフスタイル -日本におけるライフスタイルに関するインターネット大規模調査

H. Miwa : Life style in persons with functional gastrointestinal disorders ? large-scale internet survey of lifestyle in Japan.:Neurogastroenterol Motil. 2012 May;24(5):464-71.

PubMed PMID:22292849

  • No.1302-2
  • 執筆担当:
    弘前大学
    医学部保健学科
    理学療法学専攻
  • 掲載:2013年2月1日

【論文の概要】

背景

 機能性ディスペプシア(FD)と過敏性腸症候群(IBS)に代表される機能性消化管障害(FGID)は、日頃の臨床においてしばしば遭遇する。これまでの研究により、一般住民におけるFDの有病率は、7.9~40%と国による違いがあることが判っている。IBSにおいては10~15%と非常に多くの罹患を認めるが、その多くにおいて本疾患のことを知らないため、受診に繋がっていない。またIBS自体は致命的な疾患でないことから、医師の診断と治療に関する認識も低く、不適切に診断されていることも示唆されている。 
消化不良症状とIBSの症状は、日常生活に大きな影響を及ぼす。SF-36を使用したQOLに関する研究結果でも、FGID患者ではQOLが著明に損なわれていることが明らかになった。またFDとFGIDは労働における生産性にも影響することから、社会的視点からも捉える必要性がある。 
FDとIBSに対する有効な治療のためには、薬物療法に心理療法(催眠療法、認知行動療法)を合わせて行う必要性が示唆されているが、実際の治療ではなかなか難しい。FGID患者に対する一般的な治療として、睡眠、食事、運動に関する生活習慣の改善が必要であるにも関わらず、実際の生活習慣を調査した報告は僅かである。FGID患者の生活習慣の特徴が判れば、より有効な治療が可能だろう。

目的

 FGID患者に対する治療として、睡眠、食事、運動を主とした生活習慣指導が含まれているが、FGID患者の実際の生活習慣を調査した研究は殆ど無い。そこで本研究では、日本におけるFGID患者に対して、より的確な生活習慣改善指導を行うことを目的に、大規模調査を実施して、FGID群と対照群での生活習慣の違いを比較検討した。

方法

 2010年3月に、日本在住の20歳から79歳の一般成人を対象とし、インターネット上でRomeⅢの成人FGID質問票(日本語版)を用いて、FDおよびIBSのスクリーニングを行った。質問票に適切に回答した対象者を、20代、30代、40代、50代および60~79歳の5つの年齢層に男女均等に3,000例ずつ層別化し、合計15,000例を解析対象とした。解析対象のうち、FD群、IBS群、FDとIBS両方(FD+IBS群)の診断基準に合致した2,547例をFD/IBS群とした。また、FDあるいはIBSの診断基準に合致せず、かつ混合群と性別、年齢をマッチさせた1,000例を無作為に選択し、対照群とした。 
FGIDの有病率は、20~79歳の一般的な年齢分布で調整して算出した。また両群に対して、睡眠、食事、運動、ストレスなど日常生活に関するアンケート調査を実施し、FDあるいはIBSが日常生活に及ぼす影響を評価した。 
統計解析にはMann-Whitney U-testとSteel-Dwass testを用いて、p>0.05を有意とした。

結果

 有病率は、FDで6.4%、IBSは13.1%、混合群は2.9%であった。いずれも男性より女性で多く、FDは60歳以上では低くなっていた一方、IBSでは年齢が低くなるにつれ高かった。 
睡眠に関しては、混合群で充分な睡眠が得られていないと回答した者が、有意に高かった。IBS群、FD群、FD+IBS群の順に高かった。 
食事については、食習慣と食事内容を聴取した。規則正しく摂取している割合は、対照群に比べFD+IBS群で有意に少なかった。また朝食と昼食で、群間差が著明であった。いつも食欲があると回答した者の割合は、対照群に比べてFD+IBS群で有意に少なかった。嫌いな食べ物があると解答した者の割合に有意差はなかったが、対照群に比べてFD+IBS群は有意に肉料理を好まず、野菜の摂取不足を感じていた。 
運動の頻度については、対照群に比べてFD+IBS群で有意に低かった。 
日常生活で感じるストレスの頻度は、対照群に比べてFD+IBS群で有意に高かった。また、自身のストレス感受性が高いと回答した者の割合は、FD+IBS群、FD群、IBS群の順に高かった。

考察

 以上の結果から、FGID患者では、ライフスタイルにおける睡眠、食事(食習慣と食事内容)、運動およびストレス(耐性と感受性) の項目で障害が認められていた。これは、FGIDにおける症状は、心理的因子に加えて外的因子により引き起こされるとも言え、これが、FGIDの治療を困難にしている原因ともなっている。FGIDの病態生理学的要因と腹部症状には、心理的因子の影響が示唆された。従ってFGIDの治療には、心理的因子に対する薬物療法に加え、睡眠、食事、運動に関するライフスタイルの指導も必要であると考えられた。 
本研究でのFDの有病率は6.5%であり、これまでの13.0%という結果1)よりも低かった。これは、研究対象者が集団検診を受けている中年期であったこと、アンケート検査の基準がRomeⅡであったことによると考えられる。また本研究でのIBSの有病率は14.0%であり、女性では便秘型、男性では下痢型を示していた点に関しては、他国との違いはなかった。

【解説】

 機能性消化管症候群(FGIDs)は、臨床医学において脳・腸相関が病態の中心をなす症候群の総称である。その代表が過敏性腸症候群(IBS)であり、腹痛と便通障害(便秘、下痢、あるいは便秘・下痢交差性)を主体とする消化管症状が続くが、器質的な異常はなく、ストレスによって消化器症状が発症及び増悪する。最初の報告が1820年Powellと古いが、診断基準が発表されたのは1978年であった。その後、1992年にRomeⅠ、1999年にRomaⅡ、2006年にRomaⅢと世界統一の診断基準が作成されてれている。本研究はRomaⅢを使用しての、日本におけるFGIDsの大規模調査である。特に生命予後が良い反面QOLの低下と医療経済的損失が大きいIBSに関しては、1990年代から各国で調査されるようになり、その結果、西洋諸国で高く、アジアでは低いと思われてきた。性差は、韓国を除いて女性に多く認められることから、女性患者では内臓疼痛閾値が低く、男性では内臓ストレスに対する自律神経バランスが高いと考えられている2)。また好発年齢は20~40歳とされ、年齢が高くなるにつれて減少するとされてきた。しかし70代から再び増加する報告3)もあり、今後の課題であろう。運動に関する結果も報告により違いがある4-5)ので、こちらも今後の課題と言える。 
 日本では、黒人よりも白人に多いという人種の影響、農村部よりも都市部で多いという社会環境的影響、ストレスや鬱と合併しやすいという心理的影響6-8)を踏まえても、アジアでは最も有病者が多いと思われる。更に、FD患者の食生活の特徴は、不規則な食生活、不充分な咀嚼、早食い、間食、過食、脂肪過多食品または香辛料のきいた食品の摂取7)であり、潜在化した患者数はかなり存在すると思われる。しかし多くの患者は医療施設を受診することなく、一般市販薬に頼るか放置しており、受診率は1割に満たない状態である9)。苦しんでいる患者や生活に支障を感じている患者の訴えを汲み取れていない現状や、医療者側の能力不足も大きな原因と考えられ、日本人における貴重なデータを提供している。

【参考文献】

  1. Kawamura A, Adachi K, Takashima T et al. Prevalence of functional dyspepsia and its relationship with Helicobacter pylori infection in a Japanese population. J Gastroenterol Hepatol ; 16: 384-8,2001.
  2. 服部朝美,福土審:過敏性腸症候群におけるジェンダーの影響.日本臨牀64(8):1549-1551,2006.
  3. 福土審:IBS患者調査.Pharma Medica21(3):98-100,2003.
  4. Johannesson E, Simren M, Strid H, Bajor A, Sadik R. Physical activity improves symptoms in irritable bowel syndrome: a randomized controlled trial. Am J Gastroenterol ; 106: 915-22,2011.
  5. Tuteja AK, Talley NJ, Joos SK, Tolman KG, Hickam DH. Abdominal bloating in employed adults: prevalence, risk factors, and association with other bowel disorders. Am J Gastroenterol ; 103: 1241-8,2008.
  6. Kang JY:Systematic review:theinfluence of geography and ethnicity in irritable bowel syndrome.Aloment Pharmacol Ther 21:663-676,2005
  7. Pan G,Lu S,et al:Epidemiologic study of the irritable bowel syndrome in Beijing:stratufied randomized study by cluster sampling.Chin Med J 113(1):35-39,2000
  8. 野村幸伸,細井昌子,他:心理異常「過敏性腸症候群」.中山書店,東京,41-46,2006.
  9. Nakada K, Kawasaki N, Kosone M et al. Investigation of the eating habits of functional dyspepsia (FD) patients [in Japanese]. Japanese Forum for Study of the Stomach 38: 18.2006.

2013年02月01日掲載

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