椎骨動脈および内頸動脈の血流と大脳への流入量に関する頸部痛に対する徒手療法介入の影響

Thomas LC, Rivett DA, Bateman G, Stanwell P, Levi CR.Effect of selected manual therapy interventions for mechanical neck pain on vertebral and internal carotid arterial blood flow and cerebral inflow.Physical Therapy. 2013 Nov; 93(11):1563-74.

PubMed PMID:23813088

  • No.1402-1
  • 執筆担当:
    首都大学東京
    人間健康科学研究科
  • 掲載:2014年2月1日

【論文の概要】

背景

 頸椎に対する徒手療法は機械的な頸部痛や付随する頭痛に対し実施されている。その際、頭部や頸部を様々な肢位に固定するため、一時的に脳への血流が損なわれる可能性がある。また、血流量の変化が血管壁へのメカニカルストレスを増大させ、血管の解剖学的な変化を引き起こす可能性もある。このため神経血管の重篤な有害事象の一因になる可能性が示唆されている。超音波による先行研究では、特定の頸部の位置が頭頸部の動脈の血流速度を変化させる可能性を示唆するものがあるが、一定の結果が得られていない。頸部の位置が血流に与える影響について理解することは理学療法を実施する際に潜在的に危険な方法を回避することにつながり、臨床においてより安全な治療法を提供することが可能となると考える。

目的

 本研究は、健常者に対し磁気共鳴血管造影 Magnetic resonance angiography( 以下MRA )を用いて、徒手療法で一般的に使用される頭頸部の位置が頭頸部の動脈血流と脳への血液供給にどのような影響を与えるかを調べることを目的とした。

方法

 対象者は頸部痛および頭痛がなく正常な頸椎の関節可動域を有する健常成人20名(平均年齢33歳)であった。対象者はスキャナー内で背臥位となり、頭頸部を以下の実験条件に設定した。実験条件は1.中間位、2.左回旋位、3.右回旋位、4.牽引(distraction)を加えた左回旋位、5.牽引を加えた右回旋位、6.C1-C2間に限局した左回旋位、7.C1-C2間に限局した右回旋位、8.中間位での牽引、9.事後テストとして中間位、とした。各実験肢位で左右の椎骨動脈と内頸動脈を位相コントラスト法により3T超伝導MRIにて撮像した。血流測定は、専用のソフトウェア(syngo Argus)を使用して事後分析を行った。統計解析には線型混合モデルを使用した。

結果

 すべての対象者が解剖学的に正常な血管構造を有していた。頸部中間位での脳への平均流入量は6.98 mL/sであり、いずれの実験肢位においても有意差は認めなかった。個人差があったが、中間位から実験肢位に変化させた時の4動脈の流入量に有意差はなかった。

結論

 本研究の結果から徒手療法で一般的に使われる頭頸部の肢位が脳への血流量に対しリスクをもたらすことは示唆されなかった。また回旋の最終域と牽引を用いた肢位が脳循環に対して有害であるということも示唆されなかった。頚椎に対する徒手療法の安全性、特に上位頸椎の回旋に関する安全性は疑問視されているが、本研究で用いた頭頸部の肢位は中間位と比べ血流に有意な変化は見られなかった。よって本研究の結果から頭頸部の肢位自体が血流に及ぼす影響は少ないということが示唆された。今後は動脈の状態や徒手療法の治療手技により頸椎に加わる力の影響などほかの要因に対する検討が必要である。 

【解説】

 本研究は左右の椎骨動脈および内頸動脈の合計4本の動脈血流と脳への灌流を検討したものである。先行研究では超音波を用いているものが多く1)2)、特定の血管、特に椎骨動脈のみに着目しているものがほとんどである。よって全体的な脳循環に対する検討が行われておらず、本研究のようにMRAにて左右の椎骨動脈と内頸動脈の血流量と脳への灌流量を検討した研究はない。
 本研究では頭頸部の動脈の血流は頸部の位置間で変化したが、中間位と徒手療法で使用される一般的な肢位との間に有意差を認めなかった。また、血流量が有意に増加する肢位も認めなかった。頸椎の回旋により1つの血管の血流が減少しても他の血管の血流が代償的に増加しており、総合的な脳灌流量はすべての肢位で一定に保たれ、脳灌流にも頸部の肢位による影響はなかったと考えられる。
 椎骨動脈は解剖学的に4つのsegmentに分けられている。その中でもsecond segmentは頸椎横突起を経由する特異な走行しており、循環不全の原因になるとされている3)。特にC1-C2間の回旋ではBow Hunter’s syndrome がよく知られている。また、頸椎横突起は上位に行くほど後方に位置する。そのため、不安定性のある椎間では回旋時に上位の椎体が回旋側後方に滑ることにより横突孔内の椎骨動脈が過伸展となり、骨棘により圧迫を受けることで閉塞をきたすと考えられている3)。本研究では、よりストレスがかかるとされていたC1-C2間の限局的な回旋や牽引のかかった回旋についても検討したが中間位との間に有意差を認めなかった。しかし、本研究では症状のない健常成人を対象としている。徒手療法の安全性をより明確にするためには実際に対象となる頸部に問題を抱える患者においての検討も必要であると考える。また、頭頸部の位置を変化させた時の血流についての検討しかなされていないため、実際に関節モビライゼーションや関節マニュプレーションを実施した際の血流の変化についての検討も期待したい。しかし、MRAを用いて頭頸部の血管血流および脳灌流を検討した研究はなく、今後の研究につながる有益な報告であると考える。

【参考文献】

  1. Zaina C, Grant R, Johnson C, et al:The effect of cervical rotation on blood flow in the contralateral artery. Man Ther. 2003; 8: 103-109.
  2. Arnetoli G, Amadori A, Stephani P, Nuzzaci G:Sonography of vertebral arteries in De Kleyn’s position in subjects and inpatients with vertebrobasilar transientischemic attacks. Angiology. 1989; 40: 716-720.
  3. 衛藤 達,平川勝之,大野哲二他:頭位左回旋により椎骨動脈循環不全をきたしたC5/6 頚椎症の1 例:その発症機序と治療法について.脳外誌12:41-46, 2003

2014年02月01日掲載

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