運動イメージの正確性における疲労プロトコールの影響

Guillot A, Haguenauer M, Dittmar A, Collet C.Effect of a fatiguing protocol on motor imagery accuracy. Eur J Appl Physiol. 2005 Oct;95(2-3):186-90. Epub 2005 Jul 8.

PubMed PMID:16003536

  • No.1404-2
  • 執筆担当:
    首都大学東京
    人間健康科学研究科
  • 掲載:2014年4月1日

【論文の概要】

背景

 筋疲労は身体運動中に生じる最大随意力の低下を引き起こす。長時間の運動後に生じる筋疲労や中枢性疲労,神経筋機能の変質に関する研究は多く行われているが,筋疲労が一致タイミング反応(coincident timing response)の調整や運動イメージといった心的操作に与える影響に関する研究はほとんど行われていない。

目的

 本研究では,筋疲労がアスリートの運動イメージ能力に与える影響について,運動イメージ想起時間ならびに自律神経反応の変化から検討することを目的とした。 
​ 仮説としては,次の通りである。①筋疲労下では正確な運動イメージを行うことに時間を要し,②自律神経反応は減少する。

対象

 対象は10名のアスリート大学生とし,全て男性であり,年齢は21歳から26歳(平均年齢22.7歳)であった。

方法

 予備実験において,1回反復してハーフスクワットが行える最大の抵抗量を決定した。運動課題は最大カウンタームーブメントジャンプとし,連続3回を1セットとして計2セット行い,そのときの実際の運動遂行時間を実験者が計測し,平均運動遂行時間を算出して基準値とした。運動イメージセッションでは,疲労前と疲労直後において,運動課題と同じ動作の視覚イメージと運動感覚イメージをそれぞれ3セット行った。対象者が運動イメージを開始した時とイメージ終了時にタイマーのボタンを押し,イメージ想起時間を計測した。また,彼らがイメージを正しい形で行えているかどうかを確かめるため,各運動イメージの各セット後にイメージの性質と,疲労下でイメージを行うときの運動イメージの困難さについて記述させるとともに,4点尺度のイメージスコアにて評価した(1=容易にイメージできる~4=イメージするのが難しい)。疲労プロトコールとしては,1回反復してハーフスクワットが行える最大の抵抗量の70%の負荷を用いた。自律神経反応の指標として皮膚抵抗と心拍数を計測した。皮膚抵抗は非利き手の第2,3指の指節から記録し,指標としてはOPD(the ohmic perturbation duration index;電気抵抗動揺持続時間指標)を用いた。

結果

 心拍数の平均値は疲労前に比べ,疲労直後で高かった。OPDの値は各イメージ条件内における疲労前と疲労直後, ならびにイメージ条件間における疲労前と疲労直後において有意差は認められなかった。
 疲労の有無に関わらず,実際の運動遂行時間と比べて,両イメージ条件におけるイメージ想起時間の方が有意に長く,イメージ条件下では運動遂行時間が過大評価されていた。疲労前・疲労直後とも視覚イメージ条件に比べ,運動感覚イメージ条件の方がイメージ想起時間は有意に長かった。また,各イメージ条件内における疲労前と疲労直後のイメージ想起時間には有意差が認められなかった。 
 運動イメージの困難さに関する自己報告では,困難度の評価値には両イメージ条件において,疲労前と直後では違いが認められなかった。また,各イメージ条件間においても,疲労の有無に関わらず,イメージのしやすさには違いが認められなかった。

考察

 すべてのアスリートは,視覚イメージと運動感覚イメージの最中には,実際の運動遂行時間を過大評価していた。また結果より高強度の運動(1PMの70%) により生じた筋疲労は運動イメージの正確性に影響を与えないことが示された。今回は高強度の運動により生じた疲労下で実験を行ったが,長時間の最大下 運動負荷により生じた疲労下においては,運動イメージ遂行能力に大きな影響を与える可能性も考えられる。
​ 身体運動練習と心的練習とを組み合わせて行なうことは,それぞれを単独で行うよりもより効率的であり,運動イメージは身体トレーニングの代替というよりもむしろ身体トレーニングを補完するものとみなされるべきである。   

【解説】

 運動イメージはある動作をリハーサル,もしくは心的にシミュレートされた動的な状態であり1),行動を実行するのと同様に運動回路を 再現すると考えられている。一方,筋疲労は身体運動中に生じる最大随意力の減少によって誘発され,運動や感覚の処理過程から生じたパフォーマンスを低下させている。 Pitcherらは,筋疲労が皮質脊髄路の興奮性を低下させ,運動の内的表現(運動イメージ)の貯蔵や般化を担う領域から運動皮質への入力の強さに有意に影響を与えるとし2),疲労によって知覚の変化が起こり,身体状況の修正が脳の神経ネットワーク活動にも変化をきたす可能性を報告した。Demougeotらは身体疲労運動後の ポインティング課題において,動作時間が減少することから,疲労が運動イメージに変化を与える可能性を示唆3)し,Rienzoらは激しいスポーツトレーニング期間中に生じた身体疲労が運動イメージの正確性に影響する可能性を示唆4)した。運動イメージ時間は実際の 運動遂行時間を密に反映し,皮膚抵抗は運動イメージの質の信頼性のある尺度と考えられている。今回の研究では,イメージ時間は実際の運動時間より過大評価されていたが,疲労前後で有意差はなかった。また,疲労前後における皮膚抵抗反応にも違いが認められなったことから,筋疲労が運動イメージの正確性に影響しないとした。しかし,長距離サイクリングやランニングなどの長期の身体活動やより長い回復を要求する中枢性疲労を引き起こすことで,運動イメージの正確性が変化する可能性があると考える。

【参考文献】

  1. Bouwien C.M., Smits-Engelsman, Peter H. Wilson: Age-related changes in motor imagery from early childhood to adulthood: Probing the internal representation of speed-accuracy trade-offs. Human Movement: 2012
  2. Julia B. Pitcher, Alexandra L. Robertson, Emma C. Clover, Shapour Jaberzadeh: Facilitation of cortically evoked potentials with motor imagery during post-exercise depression of corticospinal excitability. Exp Brain Res 160: 409-417. 2005
  3. Demougeot L, Papaxanthis C: Muscle fatigue affects mental stimulation of action. J Neurosci. 31: 10712-10720. 2012
  4. Franck Di Rienzo, Christian Collet, Nady Hoyek, Aymeric Guillot: Selective Effect of Physical Fatigue on Motor Imagery Accuracy. PLOS ONE 7(10): 1-11. 2012

2014年04月01日掲載

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