高齢者における下肢Muscle Qualityと歩行のばらつき

Sunghoon Shin, Rudy J. Valentine, Ellen M. Evans, Jacob J. Sosnoff. Lower extremity muscle quality and gait variability in older adults. Age and Ageing .2012; 41: 595-599.

PubMed PMID:22417983

  • No.1409-1
  • 執筆担当:
    首都大学東京
    人間健康科学研究科
  • 掲載:2014年9月1日

【論文の概要】

はじめに

 加齢により動作のばらつきが増加することは知られている。特に、高齢者の歩行におけるばらつきの増加は転倒や移動能力障害などと関連性がある。運動時の加齢変化や運動機能のばらつきに関する報告は多数あるにもかかわらず、そのメカニズムに関する報告は一定の見解がない。
 高齢者の身体機能を評価する重要な因子として骨量を除いた除脂肪体重(MFLM)が重要であるとされている。また、下肢筋力を除脂肪体重で標準化したMuscle Quality(MQ)は高齢者の歩行能力を予測する重要な因子であるとされている。しかし、MQと歩行のばらつきを検討した報告は少ない。

目的

 本研究の目的は、まず、通常速度における高齢者の歩行のばらつきと、下肢筋力と下肢MQとの間の関連性を明らかにし、次に、大腿部MQと下腿部MQは歩行のばらつきを予測する因子であるかどうかを検討することとした。

方法

対象
地域在住の高齢者72名(69.5±6.1、男性43名、女性29名)とした。除外条件は神経筋疾患、人工関節を有する者とした。

身体組成測定
体組成は二重エネルギーX線吸収法(DXA)を用いて評価した。マルチスキャン法によって、大腿部と下腿部のMFLMを測定した。まず、下肢全体のMFLMを測定し、次に、下腿部のMFLMを測定した。大腿部のMFLMは下肢全体から、下腿部のMFLMを引くことで求めた。

筋力測定
Isokinetic Dynamometerを使用して評価した。測定項目は膝関節伸展と屈曲、足関節底屈、背屈の最大等尺性収縮筋力とし、両下肢を測定した。測定肢位は股関節屈曲85°、膝関節屈曲45°、足関節底屈20°とした。3回測定し、最大随意収縮(MVC)を記録したものを代表値とした。

Muscle quality算出
MQは対応する筋群の筋力のMFLMあたりの強度とした。大腿部のMQは次の式で得た((膝関節伸展MVC+膝関節屈曲MVC)/下肢上部のMFLM)。足関節のMQは次の式で得た((足関節底屈MVC+足関節背屈MVC)/下肢下部のMFLM)。両側のMQは両下肢の筋力の合算とMFLMの合算から得た。

歩行測定
GAITRiteを使用し測定した。歩行条件は通常の歩行速度とし、2回測定した。
空間的パラメータとしてステップ長、ストライド長、ステップ幅、ストライド幅を測定した。時間的パラメータとして、ステップ時間、ストライド時間、遊脚期時間、立脚期時間、二重支持時間を測定した。歩行のばらつきは各時間的、空間的歩行パラメータの標準偏差とした。

統計分析
偏相関とステップワイズ重回帰分析を使用した。統計分析にはSPSSを使用し、有意水準は5%とした。

結果

 膝関節伸展のMVCとステップ幅のばらつきとの間に有意な正の相関を認めた(r=0.29)。両側の大腿部、下腿部のMQとステップ長、ストライド長、ステップ幅のばらつきとの間に負の相関が認められた。下腿部のMQは大腿部のMQよりもやや強い相関がみられた(竏驤€0.38 縲鰀 竏驤€0.49 vs.竏驤€0.24 縲鰀 竏驤€0.30)。大腿部・下腿部のMQとステップ時間、立脚期時間のばらつきとの間に負の相関を認めた(r=竏驤€0.27 縲鰀 竏驤€0.33)。
 ステップワイズ重回帰分析の結果、下腿部のMQは時間的、空間的な歩行のばらつきの予測因子であった。大腿部のMQは時間的ばらつきの唯一の予測因子であった。しかし、大腿部、下腿部のMQはともに、ストライド幅や二重支持期時間のばらつきを予測する因子ではなかった。

考察

 本研究の新規性は高齢者の下肢MQと歩行のばらつきとの関係性を評価したことである。MQは肥満の虚弱高齢者の身体機能の重要な因子であり、筋肉量の減少では示されない、筋力低下を示すものである。本研究の結果から、高齢者の歩行のばらつきには絶対的な筋力よりもMQがより関与していることが示唆された。先行研究では膝関節伸展筋力と歩行の時間的パラメータのばらつきには関係性があるとされていたが、本研究ではその関係は認められなかった。これは筋力の測定などの方法の違いによるものであると考えられる。
 MQはストライド長と立脚期時間のばらつきとの間に負の相関を認めた。ストライド長と立脚期時間のバラツキは高齢者の転倒と移動能力障害に関連がるとされている。よって、MQは高齢者の転倒を予防するために必要な身体機能の維持、向上の重要な因子であることが推測される。
 本研究の結果、MQは高齢者における歩行のばらつきに影響を与える因子であることが示唆された。このことは下肢のMQは高齢者の歩行のばらつきと転倒の関係性を説明する因子である可能性を示している。しかし、現在のところ、MQと転倒の直接的な関係を示した報告はなく検討が必要である。さらに、下肢MQの改善が高齢者の転倒リスクを減少させるかどうかを検討する必要がある。

【解説】

 この論文はMQ(下肢筋力を骨格筋量で標準化したもの)と高齢者の歩行のばらつきとの関係を調査したものである。MQとは身体部位ごとの骨格筋量で骨格筋力を標準化したものであり、その低下は、骨格筋量の低下以外の原因、つまり神経・筋レベルの機能低下を示すものであるとされている。これまでの研究では高齢者の身体機能の低下は骨格筋量の低下による骨格筋力低下と関係があることが多数報告されている。しかし、近年、5年間のコホート研究により、高齢者の骨格筋力低下が骨格筋量の低下よりも大きかったことが報告されている1)。この報告は70縲鰀79歳の健常高齢者1678名を対象に5年間の追跡調査を行ったものである。その結果、膝関節伸展筋のMQは年間、約2.5%の低下を示したのに対し、筋の断面積の低下は年間、約1%であった。この結果は、高齢者において、骨格筋量に影響されない骨格筋力の低下が存在することを示唆するものであった。
 近年、注目されている老年症候群の一つにサルコペニアがある。高齢者のサルコペニアに関する欧州ワーキンググループの報告ではサルコペニアは骨格筋量の低下、骨格筋力の低下、身体能力の低下により診断されるとしている。その段階は骨格筋量の低下がある場合をプレサルコペニア、骨格筋量と骨格筋力低下または、身体能力低下がある場合をサルコペニア、全てがある場合を重症としている2)。米国老年医学会、英国老年医学会及び米国整形外科学会転倒予防委員団によって合同作成された転倒予防ガイドラインにおいて、転倒に関して相対リスクが最も高かったのは筋力低下であると報告されている3)。これらのことから、現状では高齢者の身体機能低下の診断は、骨格筋肉量に伴う筋力低下を指標として診断していると思われる。しかし、この論文やその他の先行研究では、高齢者の身体能力とMQの関連を示している4)。このことから、高齢者の身体能力の低下は骨格筋量や骨格筋力の減少のみの評価ではなく、神経筋レベルでの機能低下を示すMQによる評価を必要とする可能性が考えられる。
 最後に本研究でも述べられているが、MQと高齢者の転倒との直接的な関係を示す報告はないため、今後の研究が待たれる。また、MQの詳細に関してはRussらの総説を参考にすることを勧める5)

【参考文献】

  1. Matthew J Delmonico, et al: Longitudinal study of muscle strength, quality, and adipose tissue infiltration. Am J Clin Nutr 2009; 90: 1579-€85.
  2. Cruz- Jentoft AJ, et al. Sarcopenia: European consensus on definition and diagnosis: Report of the European Working Group on Sarcopenia in Older People. Age Ageing 2010; 39: 412-23.
  3. American Geriatrics Society, British Geriatrics Society, and American Academy of Orthopaedic Surgeons Panel on Falls Prevention: Guideline for the prevention of falls in older persons. J Am Geriatric Soc 2001; 49: 664-672.
  4. Noran N. Hairi, et al. Loss of Muscle Strength, Mass (Sarcopenia), and Quality (Specific Force) and Its Relationship with Functional Limitation and Physical Disability: The Concord Health and Ageing in Men Project. J Am Geriatr Soc. 2010; 58: 2055-2062.
  5. David W. Russ, et al. Evolving concepts on the age-related changes in “muscle quality”. J Cachexia Sarcopenia Muscle. 2012;3: 95-109.

2014年09月01日掲載

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